ガネーシャに教わる〝劇的〟な人生の成功法:『夢をかなえるゾウ』

小説
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 どうも、ザムザです。突然ですが「将来の夢はなんですか?」とか「いまの目標を教えてください」などと聞かれたことはありませんか? わたしはあります。そしてそういう質問をされて困ったこともあります。

 

 夢。それは毎晩眠っているあいだに見る映像のことではなくて、将来の自分が実際にそうなっているであろう状態の「ヴィジョン」のこと。ーーそれはわかっているのですが、それを設定する方法がよくわからないでいるひともいます。たくさんいます。

 

 思えば、個人的なことはいつだって誰かにお仕着せられた「課題」でしかなかった。……そんなひともいるでしょう。小中高といったスクールライフのなかでは規定の評価軸に合わせていればよかったのですから。大学に進んだり社会に出ることで急に自分のオリジナルな「将来のヴィジョン」が持てるようになるというのは、それこそ夢のような話です。現実的ではありません。

 

 今回取りあげる本では、自分の夢の見つけかたが書かれています。さらには「夢のかなえかた」までもが、具体的に、より身近に感じられるものとして描かれているのです。そんな夢のような本ーー『夢をかなえるゾウ』をご紹介します。

この記事で取りあげている本

水野敬也『夢をかなえるゾウ』,飛鳥新社,2007

この記事に書いてあること

  • 夢をかなえるモードとは、周囲の人間の言葉や態度に反応するだけの生きかたを止めて、成功したい自分を行動することを通して表現し、自分の才能を認めてくれる他人への愛に生きることである。
  • 自分の人生を変えるためには「劇的な事件」が必要になる。そのためにはつねに他人に向けて自分を応募することが大切になる。応募とは、他人の評価に身をさらすことである。
  • 『夢をかなえるゾウ』もまた読者へと応募されたものである。読者は応募されたこの本の価値を認めて、自分自身の応募をはじめなければならない。

ガネーシャに教わる〝劇的〟な人生の成功法:『夢をかなえるゾウ』

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水野敬也と『夢をかなえるゾウ』について

【著者】:水野敬也のこと

 水野敬也は小説家です。少なくとも(2019年5月9日現在)Wikipediaでは「小説家」ということになっています。

 しかしその活動は多岐に渡ります。慶應義塾大学在学時代に渋谷の路上で1分100円でひとを褒めまくる「ホメ殺し屋」なる活動にはじまり、文筆業、恋愛講師、ファッションコメンテーター、映画脚本家などと手を広げています。

 とはいえそれらの活動の中でも特に〝売れた〟のが2007年に発表した小説『夢をかなえるゾウ』だと言えるでしょう。

 同書は200万部も売れ、ドラマや舞台、さらにはアニメやゲームにまでもコンテンツとしての裾野を広げているくらいですから。

 ですから、Wikipediaの紹介に「小説家」とあるのも納得することができるのです。

【著書】:『夢をかなえるゾウ』のこと

 200万部売れたという『夢をかなえるゾウ』ですが、この本は体裁こそ小説ではありますが、内容はむしろビジネス書や自己啓発書に類するものです。

 主人公には平凡なサラリーマンがいて、突如現れたガネーシャという〝うさんくさい神様〟が登場します。とはいえどちらかと言えば、作品としてはストーリーにはあまり重点を置いていません。『夢をかなえるゾウ』では、ストーリーは教えを伝えるための手段になっていると見ていいでしょう。

 序盤には「本書の使い方」というただし書きがあり、読者は『夢をかなえるゾウ』が〝読むもの〟であるとともに〝使用するもの〟であるというふうに読むことが促されています。これはいわば著者から読者へと語られる「お約束」のようなものなのです。

 『夢をかなえるゾウ』を読んでいくと[ガネーシャの課題]なるものがあります。作中ではその課題は主人公に与えられたものではありますが、「本書の使い方」という〝ただし書き〟を読んだ読者にはその課題が読者に向けられたものだとわかるのです。

 そうです。

 『夢をかなえるゾウ』には小説としての側面もある一方で自己啓発書としての側面があるのです。

 小説のストーリーのなかで出てくる課題に真剣に向かいあうことが、読者の自己啓発になる。――『夢をかなえるゾウ』はそのような造りの本なのです。

 

『夢をかなえるゾウ』の内容紹介

 タイトルにある通り、『夢をかなえるゾウ』はひとが夢を持つこと、そしてその夢を具体的にかなえるために必要なことを本編の物語を追っていきながら理解していく本です。

 ストーリーはどこにでもいるサラリーマン男性のもとにガネーシャという小さなゾウの姿をした神様が現れるところからはじまります。

・前の晩、主人公は自分自身の〝変わらなさ〟に打ちひしがれていました。
・酔っていた勢いもあって主人公は「変わりたい」という願いを言います。
・翌朝、主人公の悲痛な願いを聞き、インドで買った置き物の化身としてガネーシャは現れたのでした。
・かくして主人公はガネーシャの指導のもと、自分の人生を変えるための生活がはじまったのです。

  ――以上が『夢をかなえるゾウ』のあらすじになります。

 物語を細かく追うことはしませんが、ガネーシャの教えを以下、

・反応
・行動
・愛

  ――の3点からまとめてみることにします。

 

【反応】:周囲に流されて生きているひとに自分の人生は手に入らない

「世の中のほとんどの人間はなあ、『反応』して生きてねんや」
「『反応』ですか?」
「そうや。自分から世の中に働きかけるんやのうて、自分の周囲に『反応』しとるだけなんや。親から言われて勉強して、みんながやるから受験して、みんなが就職するから就職して、上司から『これやっとけ』言われるからそれをやって、とにかく反応して、反応して、反応し続けて一生を終えるんや。そんなんで、自分の人生手に入れられるわけないやんか。自分の人生手に入れとるやつらはな、全部自分で考えて計画立てて、その計画どおりになるように自分から世界に働きかけていくんや。分かるか」

『夢をかなえるゾウ』,p85

 引用した場面の要点は次の3点です。

  • 世の中のほとんどの人間は周囲に反応しているだけ
  • 反応は「みんながやるから」とか「誰かに言われたから」という生きかたのこと
  • 反応しているだけでは自分の人生を手に入れることはできない

 ガネーシャは「反応」という言葉によって、自分の人生を手に入れられないひとを説明しています。

 反応。――それはつまり、受け身な姿勢で、周囲に流されて生きているひとの状態のことです。

 『夢をかなえるゾウ』では夢を追い、そして実際にかなえることによって〝自分の人生を手に入れた〟ことになります。

 夢はきわめて個人的な問題です。

 他人のサポートを受ける必要があるにしても、夢と向きあうことが個人の問題であることに変わりはありません。

 ですので、自分が実際にそうしているかはさておき、まずは周囲の誰かに反応することで自分のことを決めてしまうような生きかたを知ること、自覚することが、自分の人生を手に入れるための第一歩になるのです。

 

【行動】:「成功したい自分を表現する」ことがなければ成功はありえない

「今のワシの話聞いて、ちょっとでも自分に役に立ちそうやと思てやってみるやつと、じゃまくさい言うてやらんやつ。どっちが成功するかいな?」
「それは……やってみる方でしょうね」
「お前、ホンマか? お前、ホンマに分かってるか? じゃあ言うてみいや。何でやってみる方が成功するんや?」
「そ、それは、あれじゃないですか。やってみないと分からないというか……」
「自分はあれやな、根本的なところでは理解できてへんな。ええか? 成功したいて心から思とるやつはな。何でもやってみんねん。少しでも可能性があることやったら何でも実行してみんねん。つまりやな、『バカバカしい』とか『意味がない』とか言うてやらずじまいなやつらは、結局そこまでして成功したくないっちゅうことやねん。『やらない』という行動を通して、成功したくない自分を表現してんねん。すると宇宙はなあ、『ああ、こいつ成功したないんやな』そう考えるんや。そういう奴から真っ先に成功から見捨てられてくねん」

『夢をかなえるゾウ』,p221

うえに引用した場面の要点は次の3点です。

  • 成功したいひとは可能性のあることは何でも実行する
  • 「行動しない」という行動は「成功したくない自分」を表現している
  • 成功したければ「成功したい自分」を表現しなければならない

 わたしたちは得てして、〝めんどうくさがる〟ものです。

 そのうえ、わたしたちは過去から現在のことを判断します。やったことがあるからこそ「意味がわかる」ことができて、やったことがない場合には意味が十分にわからずに挑戦できない、もしくは、「バカバカしい」や「意味がない」などと決めつけてしまうということが起きてしまうのです。

 それゆえに、ひとは少しでも可能性のあることを見つけたとしても、まだ自分が挑戦したことがなかった場合に〝実際に行動に移せない〟ということが起こるのです。

 しかしガネーシャは、そういった実際に行動に移せないひとは「行動をしていない」という行動を取っているのだと言います。

 ひとは表現を通して自分を他人に、世の中に、そして自分自身に意思を伝えるものです。ガネーシャはそれを「宇宙」という言葉で表わしていますが、ようするに「成功したい自分を表現する」ことがなければ成功はありえないのだと宣言するのです。

 そして、成功したい自分を表現するためには〝自分の頭の中〟で行動するのではなく、〝この宇宙の中〟で行わなければならない。――そう言うのです。

 ガネーシャの言葉を受けて、主人公は下のように言います。


 意識を変えようとしているだけだった。今日から変わると興奮して思っても、具体的な行動や環境を変えなければ人は変わらない。  

『夢をかなえるゾウ』,p289

 引用した、主人公が行動を起こすへの覚悟をするセリフは、もちろん『夢をかなえるゾウ』の読者の覚悟でなければなりません。

 

【愛】:与えることによって与えられるという原則

「ええか? 自分が本当に成功したかったら、その一番の近道は、人の成功を助けること、つまり……」
 そしてガネーシャは振り向きざまにこう言った。
「愛やん?」

 「愛やん?」と言ったガネーシャの課題は、[人の成功をサポートする]でした。

 主人公は他人の成功をサポートするために励みます。そして他人をサポートすることが思いのほか実行する機会が多いことに驚きます。

 主人公はまた、他人の成功をサポートしようとするなかで「すべての仕事は何かしら他人の成功をサポートしていると呼べる」ことに気づくのです。


 正直、これは大変な作業だった。
 なぜならガネーシャが言ったことは、今までそれほど楽しいとは思えなかった仕事も含めて頑張るということだから。
 しかし、同時に、僕はこうも思った。他人の成功をサポートすることが楽しいと思えるようになったら、僕は何をやってもうまくいくような気がする。

『夢をかなえるゾウ』,p287

 以上の場面の要点は次の3点です。

  • 自分が成功するためには他人の成功をサポートできなくてはならない
  • 他人をサポートすることは楽しくないことを頑張ることでもある
  • 他人の成功をサポートすることが楽しいと思えるようになれば自分の成功につながる

 「愛」というと「反応」や「行動」と比べて急にぼんやりとした印象を受けます。

 しかし、ひとが自分であること、ひとが他人と係わることのなかに愛がなかったとすればいったい何があるというのでしょうか。

 考えてみればひとは自分以外のものによって〝生きること〟ができています。水も電気もケータイもSNSも。誰かの仕事によって自分のもとに供給されています。

 自分は自分以外のもの――他人そして世間や社会、ひいては宇宙のおかげで生きられているのです。生活に必要な衣食住、それにお金や地位にしても、自分ひとりで手に入れることはできません。いつだってそれらは自分以外のものから与えられるのです。

 自分の夢も、自分が成功することだって同じです。

 

 ガネーシャがさらりと言ってのけた「愛」は、ようするに、利他精神のことです。ひとが自分の成功を夢見るときに陥りがちな自己中心的な態度ではなく。むしろ、自己中心的であるはずの自分の成功は、他人をサポートすることによって実現するものなのだと考えられているのです。

 なぜ他人をサポートすることが自分の成功につながるのでしょうか。

 その理由は、自分の成功が他人によって与えられるものだからです。

 お金のように、地位のように。――それらは自分の価値が自分以外のものによって認められなければ手に入れることができません。

 与えることによって与えられる。この原則こそがガネーシャの言う「愛」なのです。

 

【内容まとめ】:夢をかなえるモードに入るための3点

 以上に見てきたガネーシャの教えは、次のようにまとめることができます。

  • 反応=夢をかなえることは個人的なことである。にもかかわらず周囲の人間がそうするからという理由で自分のことを決めていてはいけない。
  • 行動=ひとはめんどうくさがって実行に移せないことがある。しかしそれは同時に成功したがらない自分を表現することにもなっている。自己表現なくして自分の夢はかなわない。
  • 愛=お金も地位も、自分の成功は他人から与えられる。だからこそ他人に対する愛がなければ、自分がかなえようとしている夢に対する愛もないことになる。

 うえの3つの点を一文にすると、こうなります。

 周囲に反応するだけの生きかたを止めて、成功したい自分を行動することによって表現し、夢をかなえるために他人への愛に生きる。

 または、うえに挙げた3点を次のように言い換えることもできるでしょう。

  • 周囲の人間に振り回されないで、自分のことに集中する
  • 行動を起こすことで周囲に、そして自分自身に対して夢を表現する
  • 他人をよろこばせることで自分の価値を手に入れる

 さらに、わたしたなりにうえにまとめたものをさらに簡潔な形に言い換えてみます。(言い換えばかりですね)

・ポジション(位置)
・アクション(行動)
・アフェクション(愛情)

 うえに挙げた3点は言うまでもなく別々になっているのではありません。そうではなく、ひとつの生きかたを3つの側面から切り取ったものです。

・ポジションの獲得には他人への愛のある行動を取らなければならない。
・アクションを起こすには自分の位置を確認して他人への与えかたを考えなければならない。
・アフェクションを与えるには行動を通して自分の位置を他人に示さなければならない。

 以上にならべた、ポジション、アクション、アフェクションーーその3つが1つになった生きかたができたとき、ひとは「夢をかなえるモード」に入ることができるのです。

 

 『夢をかなえるゾウ』の語る〝夢をかなえる〟ための生きかたは、おおむね以上のようなかたちになります。

 

『夢をかなえるゾウ』のまとめ

 ここまで『夢をかなえるゾウ』の、〝夢をかなえる〟ために必要な考えかたや姿勢を見てきました。

周囲に反応するだけの生きかたをしていては決して自分の夢をかなえることはできない

少しでも可能性のあることを行動に移せないことは成功したくない自分を表現している

自分に価値を与えてくれる他人に対してサポートできなければ自分の成功もありえない

 以上がガネーシャの教えです。

 この章では、最後にガネーシャが言うひとつの概念を取りあげることで、以上の教えをより洗練された形に整えてみることにします。

【劇的な事件】:「夢をかなえる」ためには他人の成功をサポートする〝だけ〟ではいけない

 ガネーシャはいくつもの教えを説いてきた後で、けれども今まで教えてきたことには劇的に自分を変える力はないのだと言います。

 そして、サラ金に行ってめちゃくちゃに借金してしまえとさえ言います。なぜなら、ばくだいな借金をすることは一歩間違えば身を亡ぼしてしまいかねないという点で劇的です。劇的な不幸の境遇だと言えます。そのような劇的な境遇は人を変える力がある、というのが理由でした。

 しかし主人公はそんなやりかたで変わりたくはないと答えます。

 するとガネーシャは次のように言いました。

「けどな、ワシが言いたいのは、ホンマに人生変えようと思たら、そんくらいのインパクトが必要ということや。つまり『事件』やな。何か、自分の想像を超えるような『事件』が人を劇的に変えるねん」

『夢をかなえるゾウ』,p292

 それから、ふてくされる主人公に向けて、一番効果的で劇的な変化を望める方法として「誰かに才能を認められる」ことを挙げるのでした。

「そや。誰かに才能を認められることで、自分の人生は変わる。もうこれはえらい変わるで。自信に満ちあふれるし、周囲の視線も変わる。全身からやる気がみなぎって、それこそ飯食うのも寝るのも忘れて働ける。働くことが今までよりも全然楽しくなる。人生を変える一番強力で手っ取り早い手段はこれや」

『夢をかなえるゾウ』,p292-293

ガネーシャは続けます。

「才能が認められる、いうことは、今まで自分がでも気づけへんかったような才能が見出されるっちゅうことや。だいたい才能なんてのは知らず知らずのうちに備わってるもんやねん。今の職場の今の仕事で認められてへんのなら、その仕事でどれだけ気張っても『才能が認められる』ってことにはならへん。いや、何べんも言うてるように、今の職場で頑張るのは大事や。仕事の何たるかを学ぶには、目の前の仕事を精いっぱい頑張らなあかん。でも人生を変えるような事件は起こせん場合がほとんどやわ」

『夢をかなえるゾウ』, p293

 ガネーシャは目の前の仕事をがんばっても才能を認められることにはならないかもしれないと言います。むしろ認められないことがほとんどなのだと。

 このくだりはガネーシャが「愛」をもって他人をサポートすることが〝夢をかなえる〟ためには必要だと説いたことを思い出させられます。

 ガネーシャは〝夢をかなえる〟ためには「他人の成功をサポートすること」が大切なのだと言いました。しかし、ひとが変わるためには劇的な事件がなければならないと言うときには、目の前の仕事――他人の成功をサポートするだけではいけないのだと語るのです。

 

 では、どうすればいいのでしょうか?


 ガネーシャはそれに対して「応募すること」が必要になると言います。

 

【応募の概念】:「夢をかなえる」ためには自分を他人に応募することが必要である

 ガネーシャは〝夢をかなえる〟ためには目の前の仕事をがんばって才能を認められるだけではいけないと言います。いまの職場のなかだけで「他人の成功をサポートする」だけでは、人生を変えるような事件は起きないのだと言うのです。

 考えてみれば当たり前のことです。高校のときにクラス委員として一目置かれていたからと言って、どんな劇的な事件が起こるというのでしょう。会社に勤めて部署のなかで資料のまとめかたがきれいだからと言って、どんな劇的な変化が自分の人生に起こるというのでしょう。もちろんナニカが起こる可能性はゼロではありませんが、ガネーシャが言うように、人生を変えるような事件は起こせず、そして起こらない場合がほとんどです。

 ガネーシャは以上のような劇的な事件なんて何も起こらないかもしれない職場の状況に対して、「応募すること」が大切なのだと説きます。

「そや。応募いうても、懸賞ハガキを出すような応募ちゃうで。自分自身を世の中にアピールすんねん。起業支援の団体に事業プランをプレゼンしてもええし、資格試験受けてもええし、もう何でもええんや。とにかく、自分の才能が他人に判断されるような状況に身を置いてみるんや。それをワシは今、応募って言葉で表してるんやけどな」

『夢をかなえるゾウ』,p294

 ガネーシャがいう「応募」とは、自分自身を他人の目にさらけ出すことです。自分の才能をさらすことによって見られて、聞かれて、共有されて、その価値を判断されることです。応募は、ひとが自分の人生を変えるきっかけを手に入れるための「誰かに才能を認められる」という事件を起こすための手段になるのです。

 わたしはガネーシャの考えを「ポジション・アクション・アフェクション」という3つの言葉で表しました。そこに「応募」の概念を取りいれることによって、わたしたちは誰もが事件の現場に立ち会うポテンシャルを持っていることを自覚することができます。

 言うまでもなく、事件が起こればその場所が事件現場になります。

 わたしたちはひとりひとりが自分の人生の現場に立ち会っていますが、〝自分の人生を変えたい〟と願っているひとにとって問題なのは、その現場に「事件が起きない」ことです。

 たとえ「ポジション・アクション・アフェクション」の姿勢でいたとしても、劇的な事件が起こらなければガネーシャが言うように、劇的に自分を変える力はない。宝クジを買わなければ当選もないですし、就活をしなければ就職もありえない。そういうことです。

 応募という概念が効果的なのは、〝劇的に自分を変えるかもしれない可能性〟へと自分を送り出す態度が含意されているからです。自分が生きる現実を「誰かに才能を認められる」という事件の現場に変える、そうした可能性へと己れを賭ける姿勢が、「応募」の概念には込められているのです。

 

【まとめのまとめ】:わたしたちは応募されている

 夢をかなえることのうちには、他人から才能を認められることが含まれています。稼ぐことや肩書を持つことなどがそうです。価値のあるものだと能力が認められた結果、それらは与えられます。

 他人に認められることは必ずしも他人におもねることではありません。イエスマンとなって他人の意向に付き従うことではないのです。それではただ反応しているに過ぎません。

 自分の位置(ポジション)を確認し、次の行動(アクション)を決め、自分の才能を見つけてくれるかもしれない他人への愛(アフェクション)を忘れないこと。――それがガネーシャの教えでした。

 ガネーシャが「応募」と言ったのは、他人が「自分の夢をかなえるサポートをしてくれる」という価値を十分に認めて、そのうえで「才能を認めてもらえる」かもしれない他人へと自分を送り出す姿勢を促すためです。

 自分を他人に応募すること。――ここでは自分の価値は〝他人に見出されるもの〟だという認識があります。価値という曖昧なものを具体的なものにしてくれるのが他人なのです。

 

 

 さて、以上に見てきたガネーシャの教え、ひいては『夢をかなえるゾウ』もまた「応募されたもの」です。水野敬也という人物から、わたしたち読者へと応募されたものなのです。

 『夢をかなえるゾウ』の冒頭には読者に向けて、ぜひ本書を使用してほしいという願いが書かれていました。

 わたしたち読者は『夢をかなえるゾウ』から、水野敬也の才能を認めたうえで、自分自身の応募をはじめなければなりません。

 水野敬也という人物からわたしたちに応募されたものは、一冊の本であるとともに、一体のガネーシャでもあるのですから。

 

_了

関連書籍

水野敬也『夢をかなえるゾウ』,飛鳥新社,2007

水野敬也『夢をかなえるゾウ文庫版』,飛鳥新社,2011

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