夢見るカフカ――小説を書くことの希望:『夢・アフォリズム・詩』

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 こんにちは、ザムザです。ようやく春めいてきて冷え症気味なわたしは体温的にようやく人心地がつけています。

 春はよいものです。

 

 春がよいと言えば、〝春の宵〟はとても価値のあるものだという「春宵一刻値千金」なんて言葉もありますね。そんな宵を楽しんで夜が更けるまで起きていても眠くなり、「春眠暁を覚えず」、なんてことにもなりかねません。
 眠りと言えば夢を見る楽しみがありますが、夢に関しては「他人の夢ほど聞いていておもしろくない話題もない」なんて言われもします。

 

 ところが〝悪夢のような〟物語を書いて有名な作家もいます。しかもその作家は自分が見た夢が出版されてもいる……。
 今回はそんな、夢を書きとめることにつとめた小説家フランツ・カフカの本をご紹介します。

この記事で取りあげている本

フランツ・カフカ『夢・アフォリズム・詩』吉田仙太郎編訳,平凡社,1996

この記事に書いてあること

  • カフカは夢日記を書き、カフカの読者は彼の小説に悪夢を読む。
  • カフカは夢にまで見るほどの現実の不安を抱えていて、その不安を振り払うために〝書くこと〟に身を捧げた。
  • カフカにとって現実は夢のなかのように不条理だった。なのでカフカの夢日記を読むことは彼の小説を読むときのように彼の現実を予感させる。
  • カフカにとって〝書くこと〟は不安な現実に対して、より高度な観察を可能にさせるものである。

夢見るカフカ――小説を書くことの希望:『夢・アフォリズム・詩』

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カフカの「夢・アフォリズム・詩」

 フランツ・カフカは小説家です。チェコ共和国の首都プラハに生まれ育ったユダヤ人。

 1883年に生まれて1924年に亡くなりました。

 小説家としては、ある朝目を覚ましたら巨大な毒虫(Ungeziefer ウンゲツィーファ)になっていたセールスマンの話――『変身』が有名です。

 『変身』のストーリーだけを取って判断しても構わないくらいに、カフカの作品はどれも〝夢のような〟小説ばかりです。夢といってもただの夢ではなく、むしろ〝悪夢〟に近い何かなのですが。

 もちろん悪夢のような小説ばかりではないのですが、〝悪夢のような〟小説を書くカフカにとっては自分が眠っているときに見る夢も、彼にとっては重要な〝書くネタ〟だったのです。

 カフカはいまで言うところの「夢日記」をつけていました。しかもそれらは小説執筆の習作のような位置づけにあったようなのです。

 この記事でご紹介する『夢・アフォリズム・詩』は、ドイツ文学者の吉田仙太郎が編訳したものです。タイトルにあるとおり、おもにカフカの残した夢日記・アフォリズム・詩が収録されています。

 わたしは『夢・アフォリズム・詩』を紹介するにあたって、カフカと夢の関係に焦点を当てることにします。なぜ、カフカは夢にこだわっていたのか。その点に対するひとつの観点を立てることで、本の紹介とさせていただきます。

・カフカは夢にこだわりがあった。

カフカと夢

 カフカ自身、夢日記をつけるくらいでしたから夢というものへのこだわりは並々ならぬものだったのでしょう。わたしたちは眠っているあいだに夢を見ますが、ほとんどのひとはそれを書き残そうとはしません。

 わたし自身がカフカの小説を読んだときのことを思い出すと、『変身』や『審判』などの長篇や、『田舎医者』や『酔っぱらいとの対話』などの短篇を読んだときには悪夢に近い印象を覚えました。

 『変身』は朝目を覚ましたら巨大な毒虫になっていたるし、『審判』では理由のわからないままに裁判にかけられてしまうし、『田舎医者』は患者を助けたい医者の不条理ストーリーで、『酔っ払いとの対話』では冒頭から夜空に因縁をふっかけたりします。

 以上の小説は〝夢のような〟物語です。カフカそのひとが夢のように書いているし、読者のほうでも夢のように読んでしまう。

 どうやら、カフカと夢の関係は、カフカの小説を〝読んでしまったひとたち〟にとっても根深いもののようなのです。

 「夢」という単語は、カフカのことを語ろうとするひとの口にほとんど必ずのぼると言ってもいいくらいです。

 以下、カフカ自身に目を向けるまえに、カフカと夢とを結びつけてしまう読者たちの見解を見ていくことにしましょう。自分を知るには自分が他人にどう見えているのかを聞いたほうがいいように、小説家のことを知るには読者の抱くその小説家のイメージを見ていくほうがつかみやすいでしょうから。いわば、夢のようなカフカの小説の目撃者の証言として。

・カフカは夢のような小説を書いた。

ヤン・コットの見解

 まずは演劇学者のヤン・コットの見解。

 主人公を除けば、カフカの人物たちは夢の中の人物を支配する法則によって導かれている。夢の中では、われわれが出逢う人はすべてわれわれとの関連においてある役を演ずる。われわれには、彼らに話しかけることはできても、彼らが本当は誰なのか知ることはできないのである。悪夢の場合には彼らは必ずわれわれよりも強い。事件を進展させ、われわれに命令を下し、われわれをどこかへ連れて行くのは、彼らなのだ。われわれは抗議しはするが無力だ。あるいは、われわれが闘っても彼らが勝つという結果になる

ヤン・コット『演劇の未来を語る』喜志哲雄訳,白水社,1958(小島信夫・保坂和志『小説修業』,毎日新聞社,2001,100-101より孫引き)

 コットの見立ては、「夢のなかの法則」について触れています。

 夢のなかでは、夢を見ているひとはひたすら夢のなかに登場するものにかかわられる存在です。さらには、現実で顔なじみのひとも夢のなかではなじみのない人物に変わっていることもあります。そこでは夢を見ているひとに主導権はありません。

 カフカの小説もまた、そのような夢のなかの法則に支配されている。――それがコットの見解です。

・ヤン・コットはカフカの小説のなかに〝夢のなかの法則〟があるのではないかと考えた。

保坂和志の見解

 小説家の保坂和志もカフカに〝悪夢〟を見ています。

 とはいえ保坂は、カフカが悪夢を描こうとしたのではないと考えます。

 カフカは悪夢のようなことを書いたと言われますが、私はカフカは悪夢のような事態を書いたのではなくて、夢に内在して夢を夢たらしめている原理そのものを小説に持ち込んだ、それゆえ、人が夢を見ている最中に感じるのと同じリアリティを感じてしまうのだと、いまは考えています。

小島信夫・保坂和志『小説修業』,毎日新聞社,2001,p25
※引用者注:太字およびマーカーでの下線は引用者による。

 機械に仕組みがあるように、夢にも原理があります。カフカが小説という形で書こうとしていたのは夢そのものではなかった。――そのように保坂は考えたのです。

 さきに見たコットの見解でも「夢のなかの法則」に触れていました。カフカの小説と夢の原理とを重ねている保坂の見解と同じです。

・保坂和志は、カフカは小説のなかで夢の原理を書こうとしたのではないかと考えた。

カフカの見た夢

 ためしにひとつ、カフカの夢日記から引いてみましょう。

 1919年の12月5日の日付で書かれたカフカの夢です。

 またぞろこの怖ろしい、長くて狭い裂け目のなかを引きずりまわされる。こんな裂け目へは、夢のなかでなければ押し込まれることはありえない。目覚めていれば、むろん自分の意志でこんなことは起こりようがないだろう。

フランツ・カフカ『夢・アフォリズム・詩』吉田仙太郎編訳,平凡社,1996,p52-53

 うえに引用したカフカの夢の記述は、さしあたっては「夢だからこそ起こることなのであって、目覚めているときには(現実には)起こりようがない」ということが含意されています。

 しかし、カフカの場合はどうやら、現実のほうにさえ夢のような法則ないしは原理を感じていたように思われるのです。つまり、カフカにとっては「目覚めていれば……」という仮定のほうこそ夢のように感じられていたのではないでしょうかまだ、それはわたしの仮定ですが、もしもそれがカフカ自身の感じていたリアリティなのだとすれば、うえに引用した夢の記述はそのまま現実のことを書いた文だと読むことができるでしょう。

 うえのわたしの仮定を確認するつもりで、以下、書き進めていくことにします。

・カフカの夢に関する記述は彼の現実のことを書いたものだと読めるかもしれない。
・「目覚めていれば……」という仮定はカフカにとって非現実的なのかもしれない。

カフカの夢からカフカの現実を考える

 カフカの感じる現実感(リアリティ)について。

 現実には多くの場合になんらかの問題があります。わたしたちが日常的に感じるものとしては家庭や職場の生活環境のこと、家族や恋人などの人間関係のことなどがありますが、カフカにもそれはありました。

 『夢・アフォリズム・詩』のなかにヒントを探すと、おおきく分けて父親との関係と恋人との関係についての夢が見つかります。

 長くなってしまうので引用は控えますが、たとえば父親が知的な集会で演説をする夢がありますし、恋人にも「けさまた君の夢を見ました」などと自分の見た夢を書き送っています。

 多かれ少なかれ夢は現実を反映しています。カフカの気がかりのうちに父親と恋人とがあったことはたしかでしょう。

 以下、カフカの現実的なものとして直面していた父親と恋人との関係について見ていくことにします。

・カフカの現実の問題を彼の夢のなかに探せば、父親との関係と恋人との関係とを見つけることができる。

父親との関係

 父親との関係への屈託については、カフカが1919年の11月に書いた『父への手紙』からも読みとれます。その手紙は一種の自己治療のために書かれたものでした。カフカが父親からの抑圧に対して距離をとるための自己治療というわけです。

 

 『父への手紙』によれば、父であるヘルマン・カフカは家庭のなかで「暴政」でもって家族を支配したとあります。息子であるカフカは「父に圧倒されていた」とも報告しています。

 

 とにかく父親への屈託は相当のもので、『父への手紙』には次のような一節までもあります。

 「あなたのせいで、私は自信を失い、引き換えに果てしない罪の感情を手に入れました」

 

 とくに注意すべきなのは手紙には両親への感謝の言葉がないことです。カフカ家の男子はフランツ以外に2人いたのですが、どちらも生後間もなく亡くなっています。たったひとりの息子であるフランツに注がれた愛情は格別のものだったと想像できますが、当のフランツからは両親から注がれていたであろう愛情への感謝が報告されていないのです。

 他方で、父親についての告白はあるものの母親に関してはまるっきり記述が抜けています。このことをドイツ文学者であるリッチー・ロバートソンは、母親であるユーリエはあまりにも夫であるヘルマンに近いところにいたために、子どもたちをかばってやれる立場にはなかったことに由来すると書いています。

 つまり、カフカの念頭に置かれている問題は父親との関係に絞られているのです。

 カフカの自信の喪失は父親が彼に見せた自身のがっしりとした体格や、筋が通ろうが通るまいが他人を罵倒できる暴君のような振る舞いなどによるものでした。いわばカリスマ性のごときものを持つ父親に対してカフカはそうではない自分を見せつけられる心地にあったのです。自信の喪失は、カフカの自分自身を責めてしまう性格として実を結ぶことになりました。このことが、カフカが「絶望」という言葉で語られることの理由のひとつでしょう。

 カフカは父親に支配される生活をしていました。それはまたカフカの結婚観にも影響を与えます。父親のヘルマン・カフカは既婚者です。そして息子であるフランツ。カフカは父親のように結婚することが期待されていました。しかし父親の支配に苦しむカフカにとって結婚は父親の権力に属することだったのです。

 カフカは「父への手紙」のなかで自分自身の結婚観にかかわることを書いています。

 あなたとの異常に不幸な関係のなかで、私が自立しようとするなら、何かもっともあなたとは結びつきそうにないことをするのが必要でしょう。結婚は、偉大です。それは、もっとも名誉な自立を与えてくれる。しかし同時に、もっとも密接にあなたと結びついているのです。

 カフカの書いた以上の文から読み取れるのは、父親と同じ土俵には上がることはできないことの告白です。そして同時に、自分が父親のように自立した偉大な人物になるためには、父親とは別なことをする必要がある、と宣言しているのです。

 カフカは、結婚をして家庭を持つことは父親と同じ土俵のうえに立って張り合うことだと認識していたのです。

・カフカは父親との関係のなかで自信を無くしてしまった。
・父親の影響の外に出ないと自立することはできないと考えた。
・仕事も結婚も、父親とは無関係なものを選ぶことに決めた。

恋人との関係

 カフカはまた家族関係においてだけでなく恋愛においても困難を抱えていました。

 そのことはカフカが書き残した膨大な手紙や日記のなかからもうかがえます。カフカが書き残したものから彼の強迫観念を感じとることは難しいことではありません。

 

 カフカの強迫観念について推理することもまた難しいことではありません。

 たやすい推理のなかのひとつには、カフカが〝書くことそれ自体〟に見出していた価値を、彼自身の恋愛への困難と重ねてみるというものがあります。たとえば、カフカは単に書くことが好きだったのではなくて、彼が彼自身であるために〝書かなければならなかった〟のではないだろうか――というふうに。

 書かなければならないカフカにとっては恋愛をすることと、結婚に踏み切れないこととが不器用にも両立してしまうことになります。じっさいカフカにはフェリーツェ、ミレナ、ユーリエ、ドーラといった女性たちとの関係がありました。そのつど自分自身にとっての結婚の意味で悩んできたのです。

 ふつう恋愛のグッドエンディングは結婚です。カフカ自身、『父への手紙』にも次のように書いています。

 結婚すること、家庭を築くこと、授かった子供たちをみな受け入れ、この不確かな世界のなかで守り、そして、少し導いてやること――こうしたことは、私の信じるところによれば、人がなしとげうる最高のことです。

リッチー・ロバートソン『1冊でわかる カフカ』明星聖子訳,岩波書店,p16より孫引き

 しかし結婚生活はカフカにとっては〝書くこと〟に必要な孤独を阻害することになりかねないという不安がありました。カフカの強迫観念が書くことである以上、書くことを彼にさせなくする結婚は脅威だったのです。

 にもかかわらずカフカにとって恋愛は必要でした。

 

 なぜか?

 

 これはわたしの推理ですが、カフカに恋愛が必要だったことの理由は、恋愛がカフカ自身を書くことへと駆り立てるからだと考えられます。

 いわば恋愛相手はカフカにとってよき〝文を書く宛先〟になったのです。

 

 以上から、カフカの恋愛の困難は、一方では自分を〝書くことへと駆り立ててくれる〟相手を求めてしまうものの、他方では恋愛相手が〝自分が書くための孤独を奪ってしまうかもしれない〟という背反した感情に由来しているのだ――と推理できます。

・カフカは恋愛を求めたものの、結婚にはためらいがあった。
・結婚はカフカから書くための孤独を奪ってしまかもしれなかった。
・しかし恋愛はカフカを書くことへと駆り立ててくれるから必要だった。

カフカの現実とその不安

 【父親との関係】からうかがえることは、カフカには「父親のような生きかたができないこと」および「父親とは別な生きかたで自立しなくてはいけない」という強迫観念があることです。

 また、【恋人との関係】からうかがえるのは、カフカにとって〝書くこと〟が自分自身であるための手段であって、恋人は書くことをうながしてくれる役目にあったということです。しかし同時に、父親のように生きることは禁じられていたために結婚には踏み切れなかったということです。

 父親の生きかたに背いて書くためには孤独にならなくてはいけません。結婚はその孤独を破るものであって、カフカに父親のようになれと強いるものでもあったのです。

 ここでは以上のことを踏まえてカフカの現実にたちこめていた不安について見ていきます。

 

 さて、父親と恋人のことを夢に見てしまうほどに現実で悩むカフカですが、恋愛関係にあったミレナからは次のような評価をもらっています。

 彼はいつも、自分を罪深く弱い人間だと思っています。そして、その思いの強さは、世界中の誰もかなわないほどです。彼ほどの力をもっている人はいません。あれほど完璧への、純粋への、真実への絶対的な揺るぎない渇望を抱いている人は他にいないのです。

 うえの引用はロバートソンの本からの孫引きです。そのロバートソンはミレナのカフカへの評価を次のようにまとめています。

 恋愛中に、また終わったあとに、ミレナは、マックス・ブロートに宛てて、カフカについて語る手紙を書いた。彼女はそこで、カフカには郵便局に行くというような日常のなかでのささいなことをこなす能力がないと嘆き、またたんに有能だからという理由で他人をナイーブに賞賛すると不満を述べている。しかし同時に、カフカには世界を無限に未知のものとして不安を抱く不思議な能力があると信頼を寄せ、彼の特異な性格に尊敬の念を払っている。

リッチー・ロバートソン『1冊でわかる カフカ』明星聖子訳,岩波書店,p18
※引用者注:太字およびマーカーでの下線は引用者による。また、長くなってしまうために「他人」の箇所についていたカッコおよびその内容文は省略している。

 「世界を無限に未知のものとして不安を抱く不思議な能力」。カフカにはそれがあるというのです。

 とはいえミレナとロバートソンとでは重点が違います。ミレナの言いかたではカフカの〝自己への罪悪感〟に焦点が当てられていますが、ロバートソンのほうでは〝世界への不可解〟に焦点が当てられているのです。

 父親との関係に対してカフカはたしかに罪悪感を感じていました。自分は父親のようにはなれない。その確信が強まっていくことは、カフカにとっての世界は不可解なものになっていったのではないでしょうか。

 たとえばロバートソンはこう言います。「誰もが最初に出会う制度とは、家族である。カフカにとって、家族とは、抑圧の始まる場所である。」家族の制度とは、言い換えれば、最初のコンセンサスのことです。共通了解とも言えるそれは、そのまま世界への安定した価値意識のことでもあります。

 カフカの場合は家族のコンセンサスによって安定を得られるどころか、不安を抱くことになりました。自信を喪失させ、自分を責めるようになります。そして父親のようにはなれないことを悟った彼は、父親とは別なやりかたで自立しなくてはなりませんでした。

 カフカの不安は、コンセンサス抜きに自分がそこで自立しなくてはならない現実と向き合わなければならなかったことに由来するのです。  

・カフカには自己への罪悪感があり、それが強まるにつれて世界への不可解も強まっていった。
・父親によって植え付けられた不安から、カフカの不安は深まった。

わけもわからずに事態が進行する ~リアリズムとコンセンサス~

 「世界への不可解」。それは世界が何であるのか(What)がわからないということです。〝What〟を知るためには世界の見方(How)が前提になっています。さしあたっては、カフカにとってそれは父親の生きかた(How)のことです。しかしカフカは父親のようにはなれないという深い絶望がありました。「自己への罪悪感」ですね。ゆえにカフカは自分の〝How〟を見つける必要があったのです。

 以上のカフカの事情はそのまま彼のリアリズム(現実感)を語ることにもなります。

 リアリズムとは、〝現実とは何か〟についての合意があることです。「合意」は〝コンセンサス〟のことですが、カフカにはそれがありません。コンセンサス、すなわち物の見方に関する共通了解がないのです。そうしたリアリズムはさながら夢の風景に似ています。

 夢は決して説明的ではありません。小説で言うところの〝地の文〟にあたるものがなく、ただ見ることにのみかかわってきます。夢のなかでは認識はできても理解することはできないのです。だからこそ、わけもわからずに事態が進行するということがありえるのです。

 夢のなかではわけもわからずに事態が進行する。逆を言えば、現実のほうではそうではないということです。認識することは理解することと一緒になされます。現実ではまた物事を取り決める主体として自分がいます。しかし夢のなかでは自分の側には物事を決定する権利がありません。どこに行くのかは何者かに決められていて、自分が決定することに関してはほとんど無力だと言ってもいいでしょう。

・カフカの現実感には自己が属す世界への共通了解(コンセンサス)がなく、夢のなかでのように〝わけもわからずに事態が進行する〟感覚があった。

カフカの小説を読む読者にとっての真実味ならぬ現実味

 小説にもコンセンサス(共通了解)があります。

 読者は小説を読むにあたって、その小説がどのようなジャンルの物語であるかを把握します。それと同時に、その小説の読者になることで書かれている文に対する受身の姿勢を取ることにも同意することになります。

 小説ひいては本を読むということは、本に書かれている通りに読むことでもあります。読者は本に書かれている文に対しては、ただ読者であることしかできません。

 ようするに小説世界は夢の世界に似ています。

 ただし小説には「地の文」もあり、理解することと認識することとを現実のように一致させることもできます。

 かつて小説家のコンラッドは『ナーシサス号の黒人』(1897)の序文で、自身の小説の課題は「読者に見えるようにすることである」と書きました。コンラッドが理想とする小説世界は視覚にかかわるものだったのでした。

 ところがカフカにおいては違います。

 カフカは、読者が小説世界を視覚化しようとするその運動を惑わせるのです。

 ロバートソンがいみじくも書いているように「カフカを読むのは、困惑させられる経験である。ありえない出来事が、どうにも避けられないという雰囲気のなかで起こる。そして、説明は何もない」のです。

 読者は読むこと(認識)は許されています。しかし見ること(理解)は許されていないのです。

 カフカを翻訳した多和田葉子はカフカ作品を次のように評しています。

 カフカの文学は、映像的であるという印象を与えながらも一つの映像に還元できないところに特色がある。

 映像的でありながら映像的ではない。矛盾しているようですが、認識することはできても知覚することができないというのは、ひとが文を読むときになじみのものです。たとえば『創世記』において「神が自らの似すがたとして人間を創造した」とある場合には必ずしも映像的ではありません。なぜなら神は肉体を持ちません。しかし読者は〝神の似すがた〟をまったく映像として見ることができないわけでもありません。

 ――これが、わたしが読むこと(認識)はできても見ること(理解)はできないと書いた理由です。

 そしてそれはカフカの小説が悪夢のようだと言われる所以でもあります。

 夢という不条理な経験において、特にわけもわからずに展開するものを、わたしたちは〝悪夢〟と言います。

 読者の視覚化を拒みながらめくるめく展開する物語のほうにこそ、カフカにとっての、そしてカフカの小説を読む読者にとっての真実味ならぬ現実味があるのではないか。――このことを次節ではリアリティの話題としてもう少し掘り下げてみます。

・カフカの小説の現実味(リアリティ)は視覚化を拒みながら展開するところにカギがある。
・それはまたカフカの小説が「悪夢」と評される理由である。

わたしたちのリアリティ

夢のリアリティと小説のおもしろさ

 わたしたちはふだんリアリティを感じます。

 ここで言うリアリティとは「現実的に考えて~」と言うときの〝現実的〟ではなく、物事が自分自身に押し迫ってきているときの〝迫真的〟な感じのことです。

 小説にも「リアリティ」は感じられます。そしてたいていの場合、小説にとってリアルであるかどうかはその小説のおもしろさにかかわってきます。

 おもしろさとリアリティに関して、保坂和志は次のように書いています。

 よく「この話は面白いけれどリアリティがない」というような言われ方がされますが、本当はそんなものはなくて、面白いものはすべて何らかの意味でリアリティがあり、リアリティのないものはどんな意味でも面白くは感じられないはずなのです。面白いと感じるもの、気持ちがそっちに向くもの、忘れずに記憶しているもの、それらはすべて何らかの意味でリアリティを持っているはずなのです。それがいまのコード(共通の了解)の中でリアリティがないと言われがちなものであっても、絶対に何かリアリティを持っているはずで、だからそれをあらためてリアリティとして見つけていかなければならないのです。

小島信夫・保坂和志『小説修業』,毎日新聞社,2001,p8-9
※引用者注:太字およびマーカーでの下線は引用者による。

 保坂のうえの文章は夢のことを語ったものでもあります。この文章のあとには保坂は夢について触れています。

 なぜうえの文章が夢にかかわるのかというと、夢はそれが夢だとわかっていてもなおリアリティを持つからです。わたしはさきほどリアリティを「迫真的」と言いましたが、理解していることとは無関係に夢を見ている自分自身に事態が押し迫ってくる感じは、まさにリアリティのことだからです。「夢中になる」とも言いますが、小説のおもしろさもひとの心に何かしら押し迫ってくるものがあることにかかわるのです。

・リアリティとはおもしろさのことであり、おもしろさとはひとの心に迫真的なもののことである。

不安のなかでナニカに依存しようとする心の運動がリアリティの源泉である

 保坂が言う「コード(共通の了解)」もリアリティを考えるうえでのキーワードでしょうが、そちらに話を向けるまえにもうひとつ保坂の文章を引用させてください。

「リアリティ」というのは「確かにある」と感じることですむような安定したものではないのです。リアリティというのは「なかったかもしれない」と、ある切実さをもって感じるところから出てくる感情であり、「あることが間違いないのは現にこの目で見ているからだけれど、私はいままで見えることを『ある』と思い、見えないことを『ない』と単純に思ってきただろうか」というような、事態が認識の回路の許容量をこえて、冷静な計算が不能になるようなところに源泉を持つ、心の一種の防御的な作用のことだ――というのが私の考えです。

小島信夫・保坂和志『小説修業』,毎日新聞社,2001,p24
※引用者注:太字およびマーカーでの下線は引用者による。

 ややこしくなってはいますが、ようするにカフカ式の小説がそうであるような〝理解なしに認識すること〟がリアリティのキモになっているというのです。

 「確かにある」という感じは、ある安定したコード(共通の了解)から得ることができるものです。他方で「なかったかもしれない」ではそのコードがありません。いや、見当たらない。だからこそ「わけがわからない」という不安な状態になります。そのようなコードが見当たらない不安状態にこそリアリティの源泉があるのではないか。そのように保坂は考えるのです。

 つまりは、ひとはわからないからこそ不安になり、不安だからこそナニカに依存する。そうした、ナニカに依存しなければならなくなったときに起こる心の運動こそが、ひとにリアリティ(迫真性・現実感)を感じさせるのではないでしょうか

 以上はカフカの小説のリアリティ(=おもしろさ)の話でもありますが、それとともに、わたしたちが感じるリアリティの話でもあります。

・ひとはわからないからこそ不安になり、不安だからこそナニカに依存する。依存しようとする心の運動がリアリティを生む。

夢見るカフカ

カフカの不安

 カフカは彼の書いた小説から「不安・絶望・悪夢」という言葉がなじむ小説家だと見なされています。ところがそれはカフカが書いたものからイメージされたものであって、じっさいのカフカは書いた小説を他人に読み聞かせたりもする社交性を持っていたのです。友人のルードルフ・フックスは「多くの人が彼を友人にした」と語り、同じく友人であるマックス・ブロートは「カフカは笑うのが好きで、笑うときには本当におかしがって笑い、友人たちを笑わせることも知っていた」と証言しています。

 そのような一種の社交的なふるまいもするカフカですが、内心では「不安・絶望・悪夢」のひとでした。つまりカフカは分裂していました。カフカが生きていた頃には、カフカ自身が思い描いているカフカ自身のありかたを知るものは(ほとんど?)いなかったのです。

 たとえば彼の代名詞とも言える『変身』にしろ、カフカは1913年10月22日の日記で次のように書いています。

僕は、あれはまずいと思う。たぶん、僕は決定的に失敗しているんだ。

 さらに1914年1月19日の日記には、

『変身』に対する大きな嫌悪。読めたものじゃない結末。根本的にと言えるほど不完全だ。あの頃、出張旅行などで邪魔されなかったら、ずっといいものになっていただろうに。

 めちゃめちゃ、後悔しています。

 しかし現代のわたしたちが『変身』を読むとき、カフカ自身が思い悩んでいるほどにマズい小説だとは思いません。おそらく当時でさえ奇妙な小説だとは思われていたとしても、失敗作だとは思われていなかったことでしょう。

 とかくカフカには不安がありました。その不安を理解するための見解は枚挙に暇ないでしょう。父親との関係、ユダヤ人としての出生、恋人との関係、ものを書くことに関する自身の能力の有無……。とはいえ個々の原因のうちのどれかを引き合いにだしてカフカそのひとの不安を説明することはできません。わたしたちが押さえておくのは、「カフカは不安だった」という事実だけにしておきます。そして〝不安〟のなかの希望が〝書くこと〟だった。――このことを理解しておきましょう。

・カフカは現実は不安のなかにあり、その不安のなかの希望が〝書くこと〟だった。

希望は〝書くこと〟

 なぜ〝書くこと〟が不安のなかで希望になったのでしょうか。

 考えてみれば不安には対象がありません。ひとが不安を感じるときはいつも〝なんとなく〟不安なのです。何が原因なのではなくて、自分が自分であるという情況が不安なのです。

 カフカの不安もまた誰かや何かのせいにできるものではなく、自分が自分であるという情況における不安だったのです。カフカの日記を見てみましょう。1914年7月28日の日記です。

 考えたり、観察したり、確かめたり、思い出したり、喋ったり、他人の生活に関わりを持ったりすることに対する僕の無能さは、日一日とつのってゆく。僕は化石したようになる……、何かの仕事で自分を救わなければ、僕は駄目になる。

 考えたり、観察したり、確かめたり、思い出したり、喋ったり、他人の生活に関わりを持ったりすること。それらに対して、カフカは自分の無能さを痛感しているのです。つまり、自分が自分であるというそのことが彼を苦しめるのです。

 カフカがカフカ自身であることでこうむる不安に対して、カフカにとっての〝書くこと〟には次の意味があります。〝書くこと〟はそれ自体で独立した行為ではありません。何かを書くためには書くための材料がいります。〝書くこと〟は何かを観察することにも似ています。カフカが駄目になってしまいそうだと言うのは、カフカ自身の観察能力に原因があるのでした。言い換えれば、ありのままの観察の度合いではマズいのです。〝書くこと〟はその観察の度合いを高めます。カフカは自分を救うための仕事を求め、その仕事を高度の観察へと自身を開くこととなる〝書くこと〟に見出したのでした。

 〝書くこと〟に関するカフカの考えを記したものがあります。1922年1月27日の日記です。

 書くことの中にある、注目すべき、神秘的な、おそらくは危険であるが、おそらく救いをもたらす、慰め。それは、殺害者どもの列から躍り出すこと、行為である観察なのだ。より高度の観察、より鋭いのではなくより高度の観察が創造されるに応じて、行為と化した観察が存在するのだ、そして、それが高度になり、『列』に近づき得ぬものになればなるほど、それは、より独立したものになり、より一層おのれの運動の固有の法則に従うようになり、その道は、一切の予測を脱し、よろこびに満ちて、より一層高まってゆくのだ。

 カフカが「殺害者」「列」と書いているもの。「殺害者」とはカフカが自身の無能さのなかで出会う物事のことです。そしてその「列」から離れるための手段として、カフカは〝書くこと〟に希望を見いだしているのです。

・カフカは彼が彼自身であることに不安を感じていた。
・カフカは、不安な自分自身への観察の度合いを高められる〝書くこと〟に希望を見いだした。

文学という名の運動

 カフカは「父への手紙」に書いたように〝自立すること〟を目指していました。うえに引用した日記では〝書くこと〟によってもたらされる「高度の観察」が「独立」や「おのれの固有の法則」を可能にするのだと書かれています。

 フランスの批評家モーリス・ブランショはうえの日記のくだりを評して次のように述べています。

 ここでは、文学は、この世界、「すべてが喉を締めつけられているように感ずる」この世界の息苦しさを解き放つ能力、遠ざける力として、告知されている。文学は、「私は」から「彼は」へ、かつてカフカの苦悩であった自己観察から、より高度な観察へ、死に至る現実を超えて別の世界へと高まってゆく解放の運動なのである。

モーリス・ブランショ『文学空間』栗津則雄・出口裕弘訳,現代思潮社,1962,p89
※引用者注:太字およびマーカーでの下線は引用者による。

 ブランショの見解では、カフカの文学作品の美点は「私は~」という自己観察のレベルではなく、自己を「彼は~」という視点で書いているという点にあるとしています。カフカは苦悩する自己の現実を離脱するための運動に身を委ねたのだと言うのです。その運動こそ〝書くこと〟であり、文学という仕事なのでした。

 カフカ自身、「私は文学そのものなのです」とも言っています。ブランショが言う「別の世界」とは、いわば〝文学の世界〟のことです。現実の世界に対する、文学の世界というわけです。

 カフカの日記にしてもブランショの見解にしても、文学は「運動」という言葉で語られています。さきに引用したカフカの日記では「その道は、一切の予測を脱し」とあり、ブランショの見解では「死に至る現実を超えて別の世界へと高まってゆく解放の運動」とあります。

 〝その道〟とは〝文学の道〟のことです。そしてブランショが言う「別の世界」だけでも〝文学の世界〟ではないのです。

 カフカにとってもブランショにとっても、文学であるうえで大切なのは「運動」なのです。運動とは現実の世界を脱するとともに、文学の世界へと高まってゆくことなのです。

 なので、カフカが自身を「文学そのもの」だと告白しているのも〝文学の運動〟に身を捧げていることを語っているのです。

・カフカは自身を「文学そのもの」だと語った。
・文学とは現実を離れて別の世界へと高まっていこうとする運動である。

カフカの現実、または夢見るカフカ

 わたしは【カフカの見た夢】で夢日記を引用しつつ、「カフカにとっては「目覚めていれば……」という仮定のほうこそ夢のように感じられていたのではないでしょうか」と書きました。つまり夢の記述はそのままカフカの現実のことを書いた文として読めるのではないか、と。それはわたしの仮定でした。

 ここまでカフカの不安と、それに由来する〝書くこと〟への執着を確認してきたわたしは、ここでカフカの現実感にひとつの観点を立てることができます。

  もういちど、1919年の12月5日の日付で書かれたカフカの夢を見てみましょう。

 またぞろこの怖ろしい、長くて狭い裂け目のなかを引きずりまわされる。こんな裂け目へは、夢のなかでなければ押し込まれることはありえない。目覚めていれば、むろん自分の意志でこんなことは起こりようがないだろう

フランツ・カフカ『夢・アフォリズム・詩』吉田仙太郎編訳,平凡社,1996,p52-53
※引用者注:太字およびマーカーでの下線は引用者による。

 カフカは不安のなかにいました。自分が自分であるがゆえに訪れる、そんな不安のなかに。うえのカフカの夢日記にある「自分の意志でこんなこと起こりようがないだろう」という言葉が告げるのは、自分の意志とは無関係に、彼を不安にさせる〝現実の世界〟のことです。

 カフカは不安によって化石したようになる現実から脱出するために、仕事を必要とし、そして〝書くこと〟を選択したのです。ブランショが「解放の運動」だと評したように、その運動は現実の外を目掛けるものでした。

 うえの夢日記からカフカの現実を読み取ろうとすれば、〝目覚めていれば〟という仮定によって〝カフカが夢を見ている状態〟をイメージすることができます。カフカの〝現実の世界〟が彼自身の意志とは無関係に不安に満ちたものになってしまうことを踏まえると、カフカの現実は夢の世界に等しいとわかります。

 じっさい、カフカは自身の〝内面の生〟を次のように描いてみせるのです。

 夢のようなぼくの内面の生を描きたいという気持が、他の事をすべて二義的なものにしてしまったので、この方は恐ろしくいじけてしまい、さらにますますいじけて行こうとする。他にはついぞ何一つとしてぼくに満足を与えてくれるものがないのだ。

1914年8月6日のカフカの日記から:マックス・ブロート『フランツ・カフカ』辻瑆ほか訳,みすず書房,1972,p105より孫引き
※引用者注:太字およびマーカーでの下線は引用者による。

 内面は現実が現れる場所です。その場所を言葉にするのにカフカは「夢のような」という言いかたをしています。

 夢のような内面ないしは現実を生きているカフカにとって、そこから目覚めることはできません。現実へと覚める夢はあっても、現実へと覚める現実はありません。カフカのように現実が夢であるのだとすれば、原理上、そこから覚める現実は存在しません。その現実に目覚めることへの希望があるのだとすれば、それは夢から夢へと覚めていく運動しかありません。

 観察という言葉を使えば、〝低度の観察〟から〝高度の観察〟への運動です。

 その運動こそがブランショが言うところの「死に至る現実を超えて別の世界へと高まってゆく解放の運動」、つまりは「文学の運動」なのです。

・カフカは夢のような現実を生きている。
・夢のような現実では覚めるための現実がない。
・なのでカフカの現実では夢を高まってゆくことしかできない。
・カフカには夢しかなく、「目覚めていれば……」という仮定自体が非現実的なことになる。

カフカ文学における「夢・アフォリズム・詩」

 編訳者の吉田仙太郎はあとがきでカフカの夢の記述を、「夢の記憶を素材にして書かれた創作であると言っていい」と書いています。作家とはいえ、いち個人の夢日記がこうして公刊される理由を思えば、吉田の考えにも納得がいきます。

 文学研究が「小説のオモシロサとは何かを考えるおもしろさ」なのだとすれば、悪夢のような小説を書くカフカの見た(そして書いた)夢を知ることは、カフカの小説のオモシロサを知りたいひとにとっても有意義なことでしょう。

 当記事で見てきたように、カフカは不安な現実を生きていました。そしてその現実から逃れるようにして〝書くこと〟に身を捧げたのでした。彼にとって〝書くこと〟は現実を観察する苦悩に対して、より高度の観察のできる視点を獲得することが賭けられていたのです。

 考えてみれば「夢・アフォリズム・詩」、その三つともが眼前の現実に対する高度の次元を前提にしていると言えます。いずれもがこの現実を超えた領域の在処を示唆しているのです。

 カフカの小説が現実に対する高度を得るための運動によって書かれているとすれば、「夢・アフォリズム・詩」のいずれもが、彼の文学のありかたを体現したものだということは論を俟たないでしょう。

・カフカの小説は現実への高度を得るための運動によって書かれているので、現実を別様に見せる「夢・アフォリズム・詩」はカフカの文学のありかたを体現したものである。

参考資料

フランツ・カフカ『夢・アフォリズム・詩』吉田仙太郎編訳,平凡社,1996

フランツ・カフカ『カフカ ポケットマスターピース 01 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)』多和田葉子ほか訳,集英社,2015

小島信夫・保坂和志『小説修業』,毎日新聞社,2001

モーリス・ブランショ『文学空間』栗津則雄・出口裕弘訳,現代思潮社,1962

リッチー・ロバートソン『1冊でわかる カフカ』明星聖子2008

_了

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