マーケティング理論としての「物語の法則」:『ストーリー・ウォーズ』

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 こんにちは、言わずもがな!――って感じに本屋に行くのが好きなザムザです。相変わらず本棚に埋もれています。

 本屋と言うと、行けばいろいろな気づきが得られます。棚には新刊本ばかりではなく「話題の本」や「売れている本」も置かれているのですから。
 たとえば、そうした流行りの本のタイトルや帯文からは「なるほど、いまはこういう言葉が売れているんだなぁ」という気づきが得られたりします。

 そんな本屋の、とくにビジネス書の棚の風景のなかに、ここ何年か「物語」という単語が目につくようになりました。

 今回ご紹介するのは『ストーリー・ウォーズ』という本です。

 〈物語=ストーリー〉が情報過多の現代においてどういった意味を持つのか、さらにそこから、〈物語〉への洞察がいかにしてマーケティングに活用できるのかのを検討する一冊です。

 当記事では特に、〈物語〉とマーケティングとのあいだをつなぐ人間観に焦点を当てます。

この記事で取りあげている本

ジョナ・サックス『ストーリー・ウォーズ』平井祥訳,英治出版,2013

この記事に書いてあること

  • なぜ〝ひとを動かす〟マーケティングの理論に「神話=物語」が重要なのかというと、〝売れている物語〟が売れていることの根拠が神話や物語の理論から読み取ることができるからである。
  • ひとは真実を求めるもの。その真実は〈物語〉というフレームのなかで発見することができる。だからこそ、マーケティングにとっては〝どのような物語を語るか〟が重要になる。
  • 現代は「ストーリー・ウォーズ(物語間戦争)」の時代であり、マーケターは神話製作者となって人々に神話を提供する。
  • 「神話=物語」というフレーム抜きではいられないわたしたちは市場に対するマーケターであるかどうか以前に、誰もが〈物語〉としての自分自身に対するマーケターなのである。

マーケティング理論としての「物語の法則」:『ストーリー・ウォーズ』

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『ストーリー・ウォーズ』が書かれた理由

 『ストーリー・ウォーズ』の著者はジョナ・サックス。メディア業界で活躍するあるひとりの経営者です。映画監督ジョージ・ルーカスの代表作である《スター・ウォーズ》シリーズのパロディを製作したことで知られています。

 プロローグで書いてあるところによれば、ジョナ・サックスはまず、ひとりの成功者でした。それも、〝なぜ自分が成功しているのかに無自覚な〟成功者でした。

 サックスはかつての自分を次のように語っています。

「私はずっと、感性に頼って仕事をしてきた。大切なのは創造力で、リサーチにも、制作プロセスにも、ついでに言うならじっくり考えることにも興味がなかった。そのやり方でうまくいっていた。」

ジョナ・サックス『ストーリー・ウォーズ』平井祥訳,英治出版,2013,p4

 ーーはい、あまり親しみの持てる感じではありません(笑)

 ところが、そんなサックスもときには〝じっくり考えていない〟自分自身に対して不信感を抱くことがありました。彼自身の言葉では「クリエイターなら誰もが定期的に襲われる、自己不信の念」を、サックスは感じていたのです。

 《スター・ウォーズ》のリメイクを作ろうという話が出たとき、不信感は具体的な課題となってサックスのまえに現れることになりました。

 ようするに、サックスは自分自身の成功の根拠のなさに不安を感じていたのでした。

 それなら根拠を見つければいいじゃないか!

 サックスは《スター・ウォーズ》のヒットを手掛かりに定め、グーグル検索をしはじめたのです。

 検索の結果、《スター・ウォーズ》は神話論および物語論がベースになっていることがわかります。「〝売れている物語〟の理由は、神話や物語の理論から読み取ることができる。この発見から、感性のひとであるサックスは〈物語〉の理論へと関心を向けたのです。

 つまり、〈物語〉へと注目したサックスのまとめた成功法則こそがこの『ストーリー・ウォーズ』という本なのです。

 ちなみに「スター・ウォーズ」は訳すと〝星間戦争〟のことです。〈物語〉に注目したサックスはおそらくそれをもじって「ストーリー・ウォーズ」にしたのでしょう。あえて訳すなら〝物語間戦争〟となるタイトルをつけ、彼は『ストーリー・ウォーズ』を売り出したのです。

『ストーリー・ウォーズ』の内容紹介

 ここでは『ストーリー・ウォーズ』の内容を見ていきます。

『ストーリー・ウォーズ』の目次

 まずはじめに目次を見てみることにしましょう。

  • プロローグ
  • 第1部 壊れた世界
  • 第1章 いまそこにあるストーリー・ウォーズ
  • 第2章 5つの大罪
  • 第3章 神話のギャップ
  • 第4章 ダークアート・マーケティング
  • 第2部 未来をかたちづくる
  • 第5章 真実を伝えること1――エンパワーメント・マーケティング
  • 第6章 真実を伝えること2――英雄の旅
  • 第7章 刺激的であること――異形の者、裏切り者、馴染みのもの
  • 第8章 真実を実践すること
  • エピローグ

 著者のサックスはマーケティング・ビジネスが成功する理由を〈物語〉がヒットする根拠に見出したのでした。目次を見ると、本編の構成としては「世界」にはじまり「真実」へと展開していくことがわかります。

 目次だけで内容をなぞるなら、まずは現代の世界の状況について、おもにメディアの動向から確認しています。サックスは、世界の現状を説明するために「ストーリー・ウォーズ」の概念を持ってくるのです。そこでは人間が〈物語〉を求めてしまうのは人間が真実を求めてしまうことと表裏一体なのだということを確認します。そしてマーケティングの話へとつなげ、〝いかにして(人々が求める)真実を伝えるか〟の問いは〝どのような物語を語るか〟の問いへと変換することができると主張するのです。

 以上の大筋を受けて、第8章の「真実を実践すること」では、サックスが神話や物語に関する理論から導きだした「物語の語りかた」を披露することになります。

『ストーリー・ウォーズ』の人間観

 サックスがグーグル検索の結果得られたのは、あらゆる〈物語〉には〝真実を求める人間〟の姿が描かれている、という見解でした。

 そうした人間観を理解するために、以下に、サックスが支持している「神話論=物語論」に関する研究を残した先人の神話観が語られている箇所を3つ、本文から引用することにします。

 神話は社会を1つにまとめる接着剤であり、私たちに生きる意義を教えてくれる。たとえば英国の人類学者ブロニスワフ・マリノフスキは神話を次のように定義している。「人々の信じるところを言葉で表し、強化し、成文化したもの。神話は道徳観念を保護して世に広め、儀式の大切さを訴え、生きる指針となる現実的な規則を提示する」。この世で何が価値があり何が無価値なのかを私たちが情報として共有できるよう、明文化するのが神話だ。だからこそ神話は、私たちにとって欠かすことのできない、信頼できる指針なのだ。

『ストーリー・ウォーズ』,p81 (マリノフスキの引用はFrances Harwood,”Myth”,Memory and the Oral Tradition:Cicero in the Trobriands,”)American Anthropolgist 78,no.4(1976):785から)

 神話は、真実でも嘘でもない。真実や嘘とは別の次元に存在しているからだ。神話は、文字どおりの現実による制約を受けない。事実、多くの社会は神話の舞台として、まったく別の現実、つまり遠い昔や遠い土地などを選んでいる。このような想像上の神聖な舞台が、現実の世界と離れたところに存在しながら現実の世界に道しるべを示すのも、神話の1つの特徴だろう。

『ストーリー・ウォーズ』,p81 (「神話の1つの特徴だろう。」についている巻末注には、神話学者のJ・F・ビエレインの神話の定義が載っている。「(神話は)人間の五感と離れて現実を説明する。無意識のイメージと意識的な論理のあいだの隔たりを埋めるものである」。出典は載っていない。サックスがどこかで見つけて気に入り、それを書き添えたようである。)

 神話はまた、象徴的な言葉を用いることで、現実が投げかける膨大な量の事実から私たちを解き放ってくれる。そしてその強力な象徴性によって、私たちに世界を見せてくれる。私たちの言葉では表現し得ない、象徴のなかにしか見いだせない重大な真実に、神話の象徴性は気づかせてくれるのだ。神話の世界は、夢の世界と言ってもいいかもしれない。神話も夢も現実ではないが、その深層が私たちに現実を教え、人生の道しるべを与えてくれるからだ。ジョーゼフ・キャンベルもかつて、「神話は公衆の夢だ」と語っている。

『ストーリー・ウォーズ』,p8-9 (キャンベルの引用は『神話の力』から)

 以上の3つの引用文をぎゅっと凝縮すると、次の3点を書きだすことができます。

  • 神話は人間に意義や価値を供給する。
  • 神話は現実を別次元から意味づける。
  • 神話は人間の生きる道しるべとなる。

 サックスは「現実」を語るために「神話」という言葉を使いました。そして神話は「夢」であるとも言っています。ふつう現実は夢の対極にあるものだとされますが、神話という観点を挟むと、現実と夢は、人間が生きる世界において一致しているのだと言うのです。

 また、うえに挙げた3つの点は、次のようなかたちにまとめることもできます。

神話は現実に行動するための地図の役目を果たす。人間は地図を見ないことには自分の位置がわからない。自分の位置を知ることは、人間が生きる意義や価値を得られるかどうかに係わってくる。神話の有無は、人間が現実において価値観をもって行動できるかどうかを左右する。

 うえの一文はわたしの解釈になります。サックスは「地図」という言い方はしていません。しかし「生きること=行動すること」という意味での現実における自分の位置づけに係わる「地図」という表現を取ることで、より具体的に、神話が、現実世界を生きる人間を〝いかに迷わせないか〟に係わるのかをイメージすることができるようになると思われます。

 以上を踏まえると、サックスが前提にする人間観は次のようなかたちで表現できるでしょう。

 人間は、現実世界を神話という夢を介して生きている存在である。

 サックスは神話学者ジョーゼフ・キャンベルを参照しています。キャンベルはあらゆる神話物語がたったひとつの構造を持っていると主張しました。その構造は「ある人物が日常の向こう側へと出掛けていき、再びこちら側へと帰ってくる」というものです。

 仮に、〝日常の大切さに気づく〟ことを神話物語が語る真実だとすれば、それはキャンベルが主張する「向こう側へ出掛けていき、それから元の日常に帰ってくる」という構造を持った〈物語〉なくしては知り得ないことです。つまり、向こう側に行ったからこそ、こちら側の大切さに気づくことができる。この往って帰ってくることの過程を描いたものが〈物語〉であるというわけです。

 サックス自身のことで言えば、自身の経営者としての成功の方法に無自覚でいたからこそ不安だったのでした。知らないという状態は不安です。そこに足りていないものが真実なのです。

 不安を解消するためにサックスはグーグル検索をし、〈物語〉というキーワードを見つけました。サックスの探索物語がはじまったのです。いやむしろ、彼の感じていてた不安こそがすでに〈物語〉の序章となっていたのです。

 サックスの感じた不安とその後の探索は、人間一般の問題を暗示しています。

 人間は、不安から逃れようとして真実を求めます。その姿勢はまた、ひとつの〈物語〉が成立する根拠です。不安だからこそ行動を起こす人間がいて、その行動はひとつの〈物語〉となります。ゆえに〈物語〉には必ず〝真実を求める人間〟の姿が描かれている。

 誤解を恐れずに言えば、真実は〈物語〉というフレーム抜きには成立してはくれないのです。なぜなら真実は〈物語〉を通してはじめて発見されることになるのですから。

 この点から、マーケティングの話につなげることができます。どのような〈物語〉を語るかによって、顧客のニーズ(不安=欲求)を生みだすことにもなり、同時に顧客の探索行動をうながすこと(被主人公化)にもなるのですから。

 

 次の節では、サックスが前提にしている人間観を踏まえたマーケティング理論を見ていきます。

マーケターは現代のストーリー・ウォーズのなかで神話の作り手となる

 さて、マーケティングの話です。とはいえここに書くのは、ひとを動かすためのマーケティングにとって物語とは何なのだろうかということです。

どの物語にも価値観の対立があり、その対立によって真実が発見される

 真実はいつもひとつと誰かが言いました。しかし重要なのは〝どの物語にとって〟真実なのかということです。どの物語に(とって)も真実があります。異なる物語どうしのあいだですら通底する真実もあります。けれども、そのうえでなお誰にとっても問題となるのは〝どの物語にとって〟という部分なのです。

 サックスはまず、〈物語〉に関するひとつの常識として「対立がなければ、物語は生まれない」というお約束を挙げます。そして、「ストーリー・ウォーズ」という状況を理解するためには、その〝お約束〟に隠された重要な事実に目を向ける必要があるのだと説きます。

 その事実とはすなわち、「物語がなければ、対立は生まれない」(p31)という暗黙の了解のことです。すこし長いですがサックスの文章を引用します。引用文は彼の〈物語〉への認識と、〈物語〉にある〝対立〟というお約束がわたしたち人間にとってどんな意義があるのかを語っている文章です。

 物語とは、人が自分の経験から作り上げ、他人に聞かせたり、教訓を与えたりするためのものだ。物語を作ることで私たちは、混沌から秩序を生みだす。そのままでは無意味な経験を、枝葉末節を切り捨てたり、結果と原因を明らかにしたり、見聞きした、あるいは想像した出来事に意味を与えたりすることで、秩序を生むのである。
 同じ物語を語り、信じる人々は、同じ価値観を持ち、世界観を共有している。世界観というのは実際のところ、物事の成り立ちと、それに対する行動の物語の集合体にすぎない。従って優れた物語は、〝私たち〟という概念を人が持つために必須の要素だと言える。物語と価値観を共有して初めて、〝私たち〟という概念が生まれるのである。
 ここで対立の話に戻るが、物語がなければ、対立は生まれない。〝私たち〟という概念がなければ、〝彼ら〟も存在し得ないからだ。〝彼ら〟がいなければ、私たちには対立する相手がいない。

『ストーリー・ウォーズ』,p31-32

 うえに引用した文章には、サックスが「ストーリー・ウォーズ」の概念に込めている人間観が表現されています。すなわち、人間が物語的であること。それから物語的であることによって〝私たち〟をかたちづくることになり、そのことはまた〝彼ら〟との対立を生むのだと。

 わたしたちになじみの言いかたをすれば、「価値観の対立」が〈物語〉によって生じるということになるでしょう。そして、価値観の対立は自分にとってどちらか価値のある側が発見されることになります。対立がなければ物語は生まれず、物語がなければ対立も生まれないという点で、真実は物語のフレームのなかにある対立を通して発見されるのです。

 

現代のマーケターは神話の作り手であり、彼らは人々を英雄の旅へと駆り立てる

刷り込まれた物語と定義された現実

 マーケターが人々の価値観に係わる仕事をしていることは言わずもがなでしょう。WindowsのパソコンよりもMacを使っているひとのほうが〝クリエイティブ(創造性ゆたか) 〟に見えるという価値観も、わたしたちが刷り込まれてしまっている物語( “imprinted story” )に由来しているのです。

 刷り込まれた物語を生きているという状況は、わたしたちの現実が知らずしらずのうちに〝定義されている〟のだと言えます。マーケターはそのような人々の〝定義された現実( “defined reality” )〟の書き換えをする役を負っているのです。

 定義された現実を生きているという人間の状況は、人類が文明をつくりあげてきた歴史とともにつねにありました。共同体同士のあいだで信奉する神話や物語の違いが戦争をもたらすこともあり、それは今なお続いています。しかし現代はかつてと状況が違っています。資本主義の台頭や情報インフラの発展によって、わたしたちの物語的な状況は明らかに風通しがよくなったのです。

 

古来から物語的な状況と現代の物語的な状況

 「風通しがよくなった」と言ってもわかりづらさがあると思いますので補助線を引くことにします。

 古来の物語的な状況と、現代の物語的な状況とがあります。古来の物語的な状況だと、〈物語〉は不条理なカースト制や差別の根拠になったりもしました。サックス自身が挙げている例では「ヘブライ人によるペリシテ人の征服。十字軍。ドイツによるポーランド侵攻。そして911。」それらはいまもこの世界に存在している古来の「ストーリー・ウォーズ」です。いずれもが、それぞれの〝物語のテーマ〟に従って覇権争いが繰り広げられたのです。

 むろんのこと、戦争が手段になってしまうようなストーリー・マーケティングは論外です。それでは、〈物語〉は人々を抑圧する価値観の牢獄になってしまうのです。

 神話学者であるジョーゼフ・キャンベルを参照しつつ、サックスは「神話=物語」の根本的な価値は人々を抑圧するものなどではないのだと言います。むしろ人間にとっての〈物語〉は、まだ歩けない赤ん坊にとっての歩行器のように、〝成熟することを目的として依存するもの〟なのです。サックス自身は、神話は「成長を助けるツール」であるとも言っています。

 現代の物語的な状況はまず以てコミュニケーションと情報のためのテクノロジーが圧倒的に発展しています。そうした状況を踏まえてわたしはさきほど「風邪通しがよくなった」と言いましたが、そこにはネガティブな面とポジティブな面とがあります。

 ネガティブな面は、人々に不安をほのめかします。そして、その不安から起こるニーズによって彼らの現実を定義するのです。不安を煽られた人々はたとえ商品やサービスを手に入れたとしても決して不安は消えません。それどころか次から次へと新しいいものに手を伸ばすことになります。キャンベルの言いかたを借りれば〝成熟させないで依存させる〟タイプの〈物語〉を語ることもできてしまうのです。これが現代の物語的な状況のネガティブな面です。

 他方で、現代の物語的な状況にはポジティブな面もあります。こちらがサックスが『ストーリー・ウォーズ』において推奨している路線になります。ネガティブな面では充足感を提供することを掲げましたが、ポジティブな面で重要なのは人々がすでに持っている成熟のためのポテンシャルを補助することを目的とするのです。サックスはこれを「エンパワーメント・マーケティング・ストーリー」と言います。つまりは「これを買うと幸せになりますよ」ではなく「行動すれば目標は達成できますよ」と励ます、そんな〈物語〉を語ることもできるということです。

 

現代のマーケターは神話の作り手である

 あらゆる神話に共通した目的であり、神話を価値あるものたらしめるとするテーマを、キャンベルは「英雄の旅( “hero’s journey” )」だと宣言します。そして、キャンゲルの宣言を受けてサックスもまた宣言します。「現代のマーケターは神話の作り手である」と。

 神話の英雄は〈物語〉の中心で成熟していく主体です。サックスの描く「ストーリー・ウォーズ」は、〈物語〉によって定義される現実世界のなかで、誰もが自己の成熟を賭けた神話の英雄になることを読者にうながすのです。それはマーケター自身でさえも例外ではありません。神話の作り手もまたひとりの英雄なのですから。英雄はいずれも真理を目指します。そして真理は英雄の生きる「神話=物語」によって保証されているのです。

『ストーリー・ウォーズ』の(私的)まとめ

 『ストーリー・ウォーズ』のなかで使われている「マーケター」は必ずしもビジネスライクであるだけの言葉ではありません。つまり、いわゆるビジネスとしてマーケティング(売れる仕組みづくり)にたずさわっているひとのことに限らないのです。

 ここまで確認してきたように、わたしたちが人間であることと「神話=物語」との関係は切っても切れないものです。そしてサックスが次のようにマーケターを理解している以上、わたしたちはマーケターとしての生きかたや、マーケティングの方法を自分とは無関係のものだと決めつけることはできないのです。

 宗教も科学もエンターテインメントも神話のギャップを埋めることができないとき、マーケターは代わりに、その役割を果たしてきたのである。

 うえの引用箇所でサックスが想定しているのは次のことです。

 現代社会はあふれる商品により物質的に、そしてあふれる情報によって精神的にも多様性に満ちています。そうした状況にあって、人々に世界に関するクリアな統一イメージを持たせる役割を担ってくれそうな候補として、サックスは宗教と科学とエンターテインメントを挙げたのです。

 ところが宗教は聖典によって世界を解説してはくれますが、それは教義であって物語ではありません。旧約聖書などはたしかに神話ではありますが、サックスいわく現代の宗教指導者たちは教義であることを重視するので、神話としては機能しにくいと言います。科学のほうでも世界を解説してくれはしますが、ひとがなぜ生きるのかという意義を示してはくれません。エンターテインメントは映画やドラマなどで架空の物語を語ってくれますが、けれどもそれらはあくまでも〝ひとを楽しませること〟が目的なのであって、神話が持つ「世界を物語り、解説し、意義を示し、人々を真実へと駆り立てる」という役割を担うことができないのです。

 以上を踏まえてサックスはマーケターに希望を見ます。彼にとってマーケターは、古代社会や伝統的社会において物語と解説と意義をひとつにまとめて語ることができたシャーマンや賢者のような存在として理解されているのです。

 サックスの想定するマーケターは人間の現実を定義することになる神話を語ります。

 すでに引用した文章ですが、改めて、人間と神話の関係について述べた文章を引用してみましょう。 

 神話は社会を1つにまとめる接着剤であり、私たちに生きる意義を教えてくれる。たとえば英国の人類学者ブロニスワフ・マリノフスキは神話を次のように定義している。「人々の信じるところを言葉で表し、強化し、成文化したもの。神話は道徳観念を保護して世に広め、儀式の大切さを訴え、生きる指針となる現実的な規則を提示する」。この世で何が価値があり何が無価値なのかを私たちが情報として共有できるよう、明文化するのが神話だ。だからこそ神話は、私たちにとって欠かすことのできない、信頼できる指針なのだ。

『ストーリー・ウォーズ』,p81 (マリノフスキの引用はFrances Harwood,”Myth”,Memory and the Oral Tradition:Cicero in the Trobriands,”)American Anthropolgist 78,no.4(1976):785から)

 サックスが引用するマリノフスキの文章は一見して未開部族の社会のことを語っているようではりあます。しかしそうではありません。ここで語られているのはあらゆる文明社会の話です。

  たとえば「神話」の構成要素としてサックスは以下の3つを挙げています。

  1. 象徴性
  2. 物語と解説と意義
  3. 儀式

 順番に補足すると次のようになります。

  1. 象徴性=神話が現実に制約されない別次元のことだということ
  2. 物語と解説と意義=ひとが世界を生きるなかでの価値観を示すこと
  3. 儀式=別次元のことである神話を自分事にするための手続きのこと

 以上の3つの神話の構成要素は、私見では次のように書き換えることができます。そして書き換えることによって、わたしたちにとって「神話」というキーワードがより身近なものになるものと、わたしは考えます。

  1. 権威性(ポジション)[=象徴性]
  2. 世界観(目標)[=物語と解説と意義]
  3. 習慣(ルーティン・ライフハック)[=儀式]

 以上の3つの単語はビジネス系や自己啓発系の本によく登場するものです。よくよく考えてみればビジネス系や自己啓発系の本が語っていることは〝成功法則〟です。裏を返せば、成功法則が語られるということは成功者の成功物語があるということでもあります。いわば、そこにはひとつの神話があります。

 もう一度、サックスの挙げる神話の構成要素を見てみましょう。象徴性、物語と解説と意義、儀式とあります。その3つを成功者の本を読んでいる読者の身に重ねてみれば、次のような説明をすることができます。すなわち、さしあたっては成功者は自分の現実とは係わりのない別次元に存在する(象徴性)、ところが成功者の成功物語を読むと自分も大きく励まされて目標を持つことができる(物語と解説と意義)、自分も目標達成に向かって成功者に倣ってみようとする(儀式)。――ここには、ある種平凡なのではりますが、成功者の神話に向かう英雄の姿があります。

 他方で、わたしが挙げた3つの神話の構成要素を成功者の本を読む読者に適用しますと、次のような説明が可能です。すなわち、成功者に憧れて自分も彼のように成功したいと考える(権威性)、成功者の成功物語を読んでそのひとの価値観を採用する(世界観)、自分も成功者のように成功しようと行動する(習慣)。――このように解釈すると、神話がいかに自然に文明社会のなかに溶け込んでいるのかがわかります。

 『ストーリー・ウォーズ』では「ストーリー・ウォーズ(物語間戦争)」こそが現代人の置かれた状況なのだと示します。そしてまた、そのような現実においてマーケターが「マーケティング」という名の神話製作を行っているのだと語るのです。しかしいまや誰もが気軽に情報発信をすることのできる時代です。人々はSNSやブログで日々自分のことを発信しています。常時と言ってもいいでしょう。そうした事態はもはや誰もが神話製作に加担してしまっているのだとは言えないでしょうか。つまり、特定の何者かが専門的なマーケターを名乗る以前に、人々はマーケティングという名の神話製作の現場に立っているのではないでしょうか。

 わたしが本節の冒頭で「マーケター」の言葉が必ずしもビジネスライクな意味合いだけが強調されているのではないと言ったのは以上の考えがあったからです。

 ジョーゼフ・キャンベルは神話の意義を「英雄の旅」という言葉で表しました。そこには〝わたしたちひとりひとりが英雄の旅を出発することができるのだ〟という確信が込められています。くわえて、わたしたちが見過ごすことができないのは、ひとが英雄として歩みだそうとする神話がある一方で、そのひとが英雄として歩んだ旅路もまた神話になってしまうという事実です。英雄にとっては「神話があること」と「神話になること」とは別のことではないのです。つまりは、英雄になることもまたマーケティング(神話製作)の一環なのです。

 現代では人々が専門的なマーケターである以前にもマーケティングにたずさわっているのだとすれば、キャンベルが言う「英雄」になることでさえも、ひとがマーケターであることのひとつのありかただと考えられます。

 『ストーリー・ウォーズ』のなかでサックスは、マーケターに向けて「人々への〝語りかた〟」とともに「人々の〝励ましかた〟」が大切なのだと説きます。わたしたちはそのメッセージを、多くの自己啓発本が語る〝成功法則〟として読むことができます。それはつまりマーケティングの考えかたとしてばかりではなく、「成功するための生きかたの理論」でもあるということです。なにせ、「ストーリー・ウォーズ(物語間戦争)」的な状況において、わたしたち自身もまた、〈物語〉であることを免れられないのですから。その意味で、本書『ストーリー・ウォーズ』は他の物語への働きかけかたを語る実践的な啓発書でもあるのです。

_了

参考資料

ジョナ・サックス『ストーリー・ウォーズ』平井祥訳,英治出版,2013

ジョーゼフ・キャンベル,ビル・モイヤーズ『神話の力』飛田茂雄訳,早川書房,2010

 

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