世界童話×BL妄想の〝やおい〟な出会い:『世界BL妄想童話』

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 どうも、日々健やかに老いていってます。ザムザです。

 

 帰ったっきりでは困りますが、年を重ねてみると「童心に帰る」なんて言葉がどうにも魅力的に聞こえてしまうのも本当でしょう。

 

 童心だった頃のこと、つまりは子どもの頃ですね。そのときに読んでいた童話はまさに子どもの世界だった気がします。童心で童話に触れていた頃などは話の意味なんてものを考えずに楽しめていたのではないでしょうか。

 合理的になって、なにかにつけて意味を求めてしまうようになっては、すくなくとも子どもらしくはないことはたしかです。

 

 今回はそんな童心をくすぐる「童話」と、〝話の意味をとくに求めない〟というスタンスを誇る「BL(ボーイズラブ)」とを掛け合わせたコミックアンソロジー、『世界BL妄想童話』をご紹介します。

この記事で取りあげている本

笹原智映[ほか]『世界BL妄想童話』,光文社,2009

 

この記事に書いてあること

  • 『世界BL妄想童話』は世界的に有名な童話をBL(ボーイズラブ)化したアンソロジーコミックであり、BL妄想によって元の話が持っていた教訓や寓意が無意味なものになっている。
  • 〝ヤマなし、オチなし、イミもなし〟の「やおい」は男性同士の恋愛モノを作品構成から名付けた呼称であり、「BL」は大雑把に〝オトコ同士の恋愛〟という視点からの呼称である。
  • ひとの恋愛関係において男女の関係であることが優位なセクシュアリティーだとなってしまっている。BLは、意味があるものとされているセクシュアリティーの権威を無意味なものへと換える。そのことによってBLは意味がもたらす権力から自由になることができるツールとなる。
  • 『世界BL妄想童話』の魅力は、童話という意味の権力に対してやおい的な自由な関係性を持ち込み、その権威を無意味化することにある。

世界童話×BL妄想の〝やおい〟な出会い:『世界BL妄想童話』

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『世界BL妄想童話』について

 『世界BL妄想童話』は世界中の童話にBL(ボーイズラブ)的な妄想を加えたコミックアンソロジーです。全9話のBLマンガ作品が、9人の作家によって描かれています。プロット原案は、BL界隈で活躍されている山田ウメです。

 BLすなわちボーイズラブというのは、おもに男性同士の恋愛を扱ったジャンルの作品のことを言います。くわしく書くと大変な分量になってしまうほどにこってりとした歴史を持っています。

 「やおい」という言いかたがされることもありますが、現在ではおおむね「BL」という言葉でひとまとめにされています。やおいは〝ヤマなし、オチなし、イミもなし〟という説明がされます。こちらは男性同士モノのジャンルを作品構成のほうからとらえた概念と見てよいでしょう。そしてBLのほうは、大雑把に〝オトコ同士の恋愛〟という視点でジャンルを説明する概念だと理解して差し支えないと思います。

 また、BL好きの女性を「腐女子」と言うことを押さえておきましょう。BLは基本的には腐女子と呼ばれる彼女たちに読まれます。

 『世界BL妄想童話』のほうに話を戻せば、有名な童話である「桃太郎」や「人魚姫」「ハーメルンの笛吹き男」「白雪姫」に「ごんぎつね」「北風と太陽」、さらには「赤ずきん」「親指姫」「マッチ売りの少女」などが〝BL妄想〟されています。もちろん、すべてボーイズラブ作品になっています。

BL妄想とは何か

「BL妄想」とはなんでしょうか。

 BL妄想は登場人物をみな男性に変え、場合によっては味方同士、敵対するもの同士でオトコ同士ラブラブするというストーリーに改変することです。

 〝ヤマなし、オチなし、イミもなし〟などの意味が込められている「やおい」という言葉が語るように、BL妄想のほどこされた世界童話たちからは、もとの話に込められていたありがたい(?)教訓やら寓意やらはどこへやら。。。

 ようするに教訓や寓意なんていう意味のようなものがなくなっているのです。それにヤマやオチ――起承転結なんてものもどこ吹く風でストーリーは展開します。もはやすがすがしいです(笑)

 しかし意味のようなものがない、いわば無意味とも呼べるかもしれない作品はつまらないわけなのではありません。そこにはたしかにおもしろさがあり、魅力があるのです。

 では、いったいBLの何がおもしろいというのでしょうか?

BLのおもしろさ

 BLのおもしろさを考えてみると、わたしは〝ヤマなし、オチなし、イミもなし〟が語るような意味のなさにこそ答えがあるように思います。

 ボーイズラブが特集された雑誌をのぞいてみるとその魅力について次のような説明がなされています。

「BLのどこに魅力を感じるかは十人十色だが、 特筆すべきは”関係性”の表現にあると言えるだろう。」「描き手/読み手の心を時に癒し、時に興奮させ、 ジェンダーやセクシュアリティーに対する固定観念を揺さぶり、 愛することや欲望の発露について思考をめぐらせるきっかけとなる。」

『美術手帖 2014年12月号 ボーイズラブ』(ボーイズラブ – Wikipediaより孫引き)

 ぎゅっとまとめると、BLは固定観念となっている関係性を揺さぶることで欲望の純粋な発露を扱う思考への入り口をひらく、となるでしょう。

 また、「セクシュアリティー」という言葉も無視できません。セクシュアリティーはざっくり言うと〝ひとが何に愛を感じるかを決める属性〟というような意味です。

 ひとが何に愛を感じるかは、ひとが生きるよろこびに係わってきます。それは人間らしさであったり、幸福であったりします。つまりセクシュアリティーは〝ひとのよろこび〟に係わるものなのですね。

 セクシュアリティーはほとんど〝体質〟と言ってもいいものです。体質はなかなか自分で変えることはできません。そんな事情のなかに「異性愛(=ヘテロセクシャル)」や「同性愛(=ホモ・セクシシャル)」などの言葉も生きてきます。

 恋愛という人間関係から想定されるのは、多くの場合に「異性愛」です。これは絶対必ずそうだというわけでもありませが、〝さしあたってはそういうふうになっていた〟というくらいの事情です。そうした事情から恋愛(性愛)関係において〝意味のある関係〟も同性愛のほうではなく異性愛のほうなのです。

 異性愛が意味のある性愛関係だという事実は、ひとのセクシュアリティーに対して権威的であるということでもあります。権威的なのだからこそ、同性愛者の側がマイノリティー(少数派)になってしまう。権威があるからこそ異性愛者は性愛関係においてマジョリティー(多数派)になるのです。

 文化翻訳者の詩文奈は、BLがセクシュアリティーの解放のためのツールになっていることを指摘します。

基本的にBLには異性であるキャラクターを360度見る自由があり、まるで監督になったように視点を切り替え、心の中でキャラクターを好きに扱うという、日常にはない権力や自由が手に入るため、女性にとっては精神レベルでの解放のツールになっている。

詩文奈「マイBL ヌーベルバーグ派」『詩と批評 ユリイカ 特集 BL オン・ザ・ラン!』 青土社、2012年(ボーイズラブ – Wikipediaより孫引き)

 詩文奈の文からは次のようなBL理解を導くことができます。

 セクシュアリティーに〝やおい〟を持ち込むことは、意味を意味のあるものにしている固定観念を無意味なものへと変換することができる。また、不自由にも権力の影響を受けてしまっているセクシュアリティーのありかたを無意味なものに換える機能も持っている。

 以上からは、BLが固定された関係性から自由になるための思考をひらく可能性を持つものだという認識につなげることができます。

 ようするに、BLの意味のなさはそれ自体が魅力なのです。

まとめ:『世界BL妄想童話』の無意味化

 『世界BL妄想童話』はBL作品です。世界に名の知れた童話をBL妄想の処理をくわえることでもともとの童話の意味を無意味化します。そうした無意味化の処理の過程には異性愛の文化に対するちゃかしも含まれているのです。

 『世界BL妄想童話』のなかに収録されている「桃太郎」をベースにした「桃太郎最凶伝説」(笹原智映)には以下の場面があります。

『世界BL妄想童話』,p23

 ご覧の通り、桃太郎が鬼に対して強引にボーイズラブな関係を迫っています。

 わたしはこの場面を性犯罪において男性加害者の女性被害者(や第三者)に対する弁解を思い出します。加害者男性はそこで、まさに引用場面での桃太郎のような弁解をする、そんな場面を。

 性犯罪において、被害者は加害者を誘惑したのではありません。なのに、加害者は結果として自分は加害者に誘惑されたのだなんていう言い草は、ネット上ではしばしば見かけるところです。

 現実社会において、以上のような男性から女性への詭弁の図式は、その逆はありません。「誘惑された男性と誘惑した女性」という図式はうっとうしいことに、わたしたちのセクシュアリティーを縛っています。

 「誘惑された男性と誘惑した女性」の図式によって縛られたセクシュアリティーを、「桃太郎最凶伝説」では単にひっくり返すどころではなく、嘲笑ってさえいるのです。

 性愛的な誘惑の関係を女性から男性に向け変えたのであれば単にひっくり返しただけですが、男性から男性に向け変えたとあれば「誘惑された男性と誘惑した女性」の図式は「こいつ…生まれつきのアホだ!!」になるのです。

 アホ。それは合理的で、なにかにつけて意味を求める態度とは逆のものです。むしろ〝ヤマなし、オチなし、イミもなし〟を行動理念にしたかのような態度でしょう。つまり無意味なのです。

 『世界BL妄想童話』の魅力もまた、意味のなさにあります。童話にさえも教訓じみたものを読みとれてしまうような大人にとって、BL妄想がほどこされて無意味化した『世界BL妄想童話』は、ひとつの「無意味であることの憩い」をもたらしてくれる作品となることでしょう。

_了

関連資料

笹原智映[ほか]『世界BL妄想童話』,光文社,2009

 

笹原智映・山田ウメ『桃太郎最凶伝説』,光文社,2016

 

ボーイズラブ – Wikipedia

美術手帖編集部『美術手帖 2014年 12月号』,美術出版社,2014

 

雲田はるこ[ほか]『詩と批評 ユリイカ 特集 BL オン・ザ・ラン!』 ,青土社,2012年

 

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