3つのキーワードで考察|パラサイト 半地下の家族【ネタバレ解説】

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 どうも、ザムザ(@dragmagic123 )です。

 映画界に衝撃を巻き起こしている、とある韓国映画があります。ポン・ジュノ監督作品の『パラサイト 半地下の家族』です。見たことのない人でも獲得した賞の数とともに、映画界の話題を総ざらいしているのを聞き及んでいる方もいることでしょう。

 そして、もしも映画を見た方であれば『パラサイト 半地下の家族』という作品に対してなんらかの態度を取っていることでしょう。面白かったか、そうでないか。もしくは、なぜこんなに評価されているのだろうかという疑問の解消を期待して、検索、検索。

 調べてみると、『パラサイト』を解説する記事や動画が多いことにも気づくはずです。言い換えれば、映画『パラサイト 半地下の家族』は多くの人にとって「解説や考察に値する謎がある」ということを示しています。

 今回はそんな映画『パラサイト 半地下の家族』をご紹介します。

※当記事ではネタバレ要素が含まれます。あらかじめお伝えしておきたいこととして、ポン・ジュノ監督の意思としては「なるべく事前知識なしに映画を楽しんで欲しい」と考えられています。ですので、監督の意思を尊重する方は当記事に目を通すことはお控えになられたほうがよろしいでしょう。お気をつけて。
※この記事には映画本編に関するネタバレがあります。
この記事で取りあげている画
ポン・ジュノ『パラサイト 半地下の家族』,ビターズ・エンド,2019

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この記事に書いてあること
  • 映画『パラサイト 半地下の家族』を見た人は映画の考察をし、解説を試みる。象徴的な作品だからだ。象徴は人に行動を促す力を持つ。作品が象徴的であるとき、その作品は「人に伝わってしまったひとつの謎」である。人が『パラサイト』の考察をはじめるとき、その人は象徴的な謎に魅せられている。そしてその謎に答えようとし、人は解説をする。
  • 映画『パラサイト 半地下の家族』を読み解くとき、3つのキーワード──①水石、②計画、③においが考えられる。水石を見た長男ギウが富裕層一家へのパラサイト計画を立てる。しかし計画は属する階層を象徴するにおいによって自壊する。父ギテクは「計画は立てることによって失敗する」と言う。半地下に属するギウの計画もまた、失敗が約束されていた。
  • 映画終盤、父ギテクは家への寄生虫であるゴキブリにも等しい完地下の住人になる。そして長男ギウはまた計画を立てる。この計画はギテクが説いた「絶対に失敗しない計画は無計画である」ことを踏まえた「絶対に失敗しない計画」だ。その代わり、この計画には成功する希望がない。この計画が失敗しないことを保証するのが「におい」なのである。

 

3つのキーワードで考察|パラサイト 半地下の家族【ネタバレ解説】

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『パラサイト』導入

 ここでは、『パラサイト 半地下の家族』を考察・解説していくに当たっての予備情報をご紹介します。

映画の評価

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 『パラサイト 半地下の家族』はポン・ジュノ監督・脚本による2019年の映画です。賞を獲りすぎて、鑑賞していなくてもこの映画のすごさを語ることがあまりに簡単になっているくらいなのですから。名の知れた賞をとくに選んで挙げてみれば、「パルムドール」「アカデミー賞」「ゴールデングローブ賞」といったビッグタイトルがあります。映画を構成する各部分までが何らかの賞を獲っていると言い切ってもいいでしょう。

 そんな『パラサイト 半地下の家族』のジャンル。これがまた説明が難しい。いちおうは山田洋次監督作品の《男はつらいよ》シリーズよろしく、悲喜こもごもが織り込まれた「コメディ」と言えるのですが、実際に見た人にとっては「ポン・ジュノ作品だったな」といった印象を受けることになるからです。

 どういうことかと言うと、『パラサイト 半地下の家族』がひとつのジャンルで語ると言葉足らずになるような、「複数ジャンルを横断した作りの映画」だからです。ある場面ではコメディ(喜劇)、かと思えばホラー、気がつくと社会問題を告発するかのようなドラマ、そしてトラジディ(悲劇)に。何か既成のジャンルから評価しようとすると裏切られる、これがポン・ジュノ作品の魅力として語られることのひとつなのです。

 

『パラサイト』の内容

 当記事では映画『パラサイト 半地下の家族』を紹介するのに、「におい」をキーワードに設定します。それに伴って焦点となる人物は主にギテクとなります。また、臭うことの意味に的を絞ることで、映画本編に関する情報はある程度限定したうえでの紹介となります。ご了承ください。

あらすじ

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 まず、『パラサイト 半地下の家族』のあらすじをご紹介します。引用元は映画情報サイト『映画の時間』(https://movie.jorudan.co.jp/)です。

家族全員で失業し、半地下の住宅に住むキム一家。事業に失敗した父ギテク、妻チュンスク、大学受験に失敗した長男ギウ、美大に進学したい長女のギジョンの4人は、なんとか内職で食いつないでいる。そんなある日、ギウは友人の紹介で、高台に住む裕福なパク一家の娘の家庭教師の仕事を得る。さらにギウは、パク一家の末っ子のダソンの家庭教師として、妹のギジョンを兄妹である事を隠して紹介する。こうして次々にパク一家に“パラサイト(寄生)”していくキム一家だが…。https://movie.jorudan.co.jp/cinema/38042/

 以上が、ざっくりとしたあらすじになります。

 

登場人物

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 ここでは映画を紹介する便宜のために主要な登場人物を整理しておきます。

  • キム家=全員失業中、半地下生活を送る下層市民
    • ギテク=事業に失敗した過去を持つ、貧乏気ままなキム一家の父親。(以下「父ギテク」)
    • チュンスク=元ハンマー投げのメダリスト。ギテクの妻。(以下「母チュンスク」)
    • ギウ=大学入試に失敗し続けている受験のプロ。長男。友人のエリート大学生にパク家での家庭教師の仕事をもらう。(以下「長男ギウ」)
    • ギジョン=経済的な理由で美大に行けないものの、相当の世渡りスキルを持つ次女。(以下「次女ギジョン」)
  • ミニョク=ギウの友人。大学に落ちたギウに対し、こちらは合格しているエリート。
  • パク家=丘の上の一軒家に住む富裕層
    • ドンイク=IT企業の社長。パク一家の父親。(以下「家長ドンイク」)
    • ヨンギョ=ヤング&シンプルな社長夫人。(以下「ヨンギョ夫人」)
    • ダヘ=高校2年生の恋に恋するパク家のご令嬢。(以下「令嬢ダヘ」)
    • ダソン=やんちゃだけど敏感なパク家のご子息。(以下「子息ダソン」)
  • ムングァン=パク家が住う家に代々仕える、家に専従するお手伝いさん。
  • グンセ=ムングァンの夫。パク家の地下で暮らす完全地下生活者。

 以上が『パラサイト 半地下の家族』の主要な登場人物になります。

 上の情報を踏まえた上で『パラサイト 半地下の家族』の考察していきます。

 

解説する人々

 『パラサイト 半地下の家族』を見た後、ネットで調べてみると関連する記事や動画が多いことに気づけます。主に、映画内に登場する小道具やセリフ、そして広く展開が意味するところを解読しようとするもの。「〇〇は××を象徴的に表している」の言い方でおなじみの楽しみ方です。

 実際、ポン・ジュノ監督は象徴的な表現にこだわりがある作家です。映画の内容が観客にそう語りかけてくるというばかりではなく、『殺人の追憶』(2003)のDVDに収められているコメンタリーを聞いてみても、その場面で表現しようとする効果に意識的であることが認められます。『母なる証明』(2009)の冒頭にも「暗い家の中から路上にいる息子を不安そうに見ている母親」が映されますが、明らかにジュノ監督は映画のテーマを象徴的に表現しえるドラマを作る意欲があります

 要するに、「象徴解読のゲーム」もまたポン・ジュノ監督作品の魅力のひとつになっているのですね。

 以下では、映画『パラサイト 半地下の家族』の楽しみ方のひとつとして見受けられる「象徴解釈ゲーム」の観点から、「象徴とは何か」、「作品が象徴的である」とは何かについてを確認します。

 

象徴とは何か

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 少し脇道に逸れることにして、ポン・ジュノ作品の魅力のひとつが「象徴解読のゲーム」にある。──この観点を深めるために、「象徴とは何か?」について補足します。『パラサイト 半地下の家族』本編とは必ずしも関係がありませんので、飛ばしていただいても支障ありません。

 象徴とは何かを考える上で、ここでは「記号」と対比させることにします。象徴も記号も、どちらも「シンボル symbol」ですが、その意味合いは違います。記号はすでに知られている何かの代用表現であり、象徴のほうはまだ十全には知られていない比較的未知のものを表した表現です。たとえば、赤信号が止まれの合図であることは記号的で、赤信号で人が立ち止まることは象徴的であると言えます。

 言い換えれば、記号は「どのように行動するのか」に関わり、象徴は「なぜ行動するのか」に関わります。映画で言えば、あるアイテムを受けとってそれを使用することは記号的ですが、そのアイテムを使用することが作品全体のテーマにどのように関与するのかは象徴的なのです

 

象徴的な作品

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 映画ひいてはあらゆる作品が発表されると、ひとは作者に向けて「この作品で何を言いたかったのか?」と訊ねることがあります。しかし、たとえ作者に“言いたいこと”があったとしても、作品が“伝えたいこと”に重なるとは限りません。作者が言いたいことを表現するだけの作品であれば、その作品は「作者の意図の代用表現である記号」でしかなくなります

 作品は作者の言いたいこと以上に作品自体が伝えたいことを含んでいる。それは作者と作品の関係のなかではなく、作品を楽しむ人自身に作品のメッセージを発見する余地があるということです。映画を語る言葉に「現代という時代をよく反映している」というものがありますが、それこそまさに作者ひとりの思惑を超えて「作品が象徴的である」ことを示唆していると言えるでしょう。

 『パラサイト 半地下の家族』もまた、何らかの意味で象徴的です。この意味で、『パラサイト』に関するどの象徴解読ゲームも、作品が語るメッセージを受けとってしまったこと、そしてそれが「どのような意味を持っているのか」を知りたいと思った人がいることを物語るのです。象徴は人が「なぜ行動するのか」に関わるものと述べました。それはまた、象徴という謎を前にした人が何らかの行動を起こすことを語りもします。象徴はシンボルであり、エニグマ(謎)でもある。作品が何らかの象徴であるとき、その作品は「人に伝わってしまったひとつの謎」を秘めているのです

 

『パラサイト』を読み解く

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 映画『パラサイト 半地下の家族』について語ろうとすれば切り口は幾つもあります。ここではそれを3つに分けることにします。その3つのキーワードとして押さえるのは①水石、②計画、③においです。

 以下では、映画『パラサイト 半地下の家族』をより楽しむための3つの鑑賞ポイントをご紹介します。とはいえ、以上の3点を語るにはそれなりの文量が必要です。なので本稿とは別に記事を用意することにしました。それらの記事をまとめながら、改めて『パラサイト 半地下の家族』という作品を検討していきます。

 そして今更ですが、紹介の過程で映画に関するネタバレを含みますので、あらかじめご了承くださいますようお願いします。

 

映画を読み解くキーワード

 ここでは3つのキーワードに関して書いた記事を踏まえて、それぞれのキーワードからうかがえる風景をご紹介します。

①水石

主人公ギウは水石を「象徴的だ」と言う。自然界から切り取られ、見立ての力によって価値を持つ水石は、自分たちキム家が半地下生活から抜け出すための示唆に富んでいた。すなわち、富裕層に取り入ること──パラサイトして生きる生き方を。水石はまた、流れに流されない石でもある。それが象徴するところは、不条理な社会の流れに流されるように生きてきた根無しのキム家に「流されないための重みをもたらすもの」でもあった

しかし水石は雨に水没した家のなかで浮かぶ。所詮は「見せかけは見せかけのもの」でしかなかった。かくして、パラサイトする生き方の不可能性が浮かびあがる。結局パラサイト計画は失敗し、父ギテクはゴキブリのような身分に身をやつすことになる。ギウは水石を川の流れに還す。これは自分が恃んでいた見立ての力と、父親をゴキブリの地位に貶めた象徴的な力、それから自然のものが置かれた不自然な状態からの解放の意味があった

 

②計画

キム家の長男ギウは水石というアイテムを手に入れることで富裕層の家をパラサイトする計画を立てる。まともに働き口がないなか、一家を貧しい半地下生活から盛り立てるためには、パラサイトすることが家族の生きる道だった。しかし計画は失敗する。なぜなら、計画を立てたから。パラサイト計画には無計画な父ギテクと計画外の完地下の男グンセの登場によって崩壊する。結果、ギテクは社会にとってゴキブリにも等しい完地下生活者の地位に零落する。

ギウは「不能の父」の代わりに希望を託した水石を手放し、かつて父が失敗した資本家への道を歩む覚悟をする。カネを稼ぎ、ギテクの宿主になるために。あるいは『パラサイト 半地下の家族』を、半地下生活を嫌がるキム一家が「無計画な父親を追放するために計画を立てた」父殺しの物語と見ることができる。母チュンスクにへばりつくゴキブリである父ギテクが完地下へと零落したのは象徴的な死だ。かくしてギウは、父が不在になったおかげで代理の父としてキム家を率いることができた。

 

③におい

長男ギウが水石を得て発案した「パラサイト計画」。しかし寄生先のパク家では「半地下のにおい」を嗅がれ、キム家が暮らす階層が計画のネックになる。ここでのにおいは社会の階層性そのものを象徴している。パク家の家長ドンイクは「一線(度)を越すな」と言う。それは「半地下のにおい」を湛える階層と自分たちが生きる階層とをきっちり分断しようとする意思の現れだ。一方で、無計画なキム家の父ギテクは自分がゴキブリのような存在であることを気にしている

ドンイクが雇用関係で以て無計画で臭いギテクに身分を弁えさせるとき、ギテクの尊厳は傷つけられる。さらに、半地下の住人である自分自身と完地下に落ちぶれたグンセの立場との交換可能性を知ったギテクは、ドンイクがグンセのにおいへの嫌悪感を見せたとき、「自分はゴキブリではないこと」を主張しなければならなかった。結果、ギテクは犯罪者として完地下の住人となる。ここでは人が属する社会階層と人が発するにおいは相関し、においには生理的な基準に基づいていた優劣がある。

 

キーワードから解釈へ

 ここでは上で紹介した3つのキーワードを踏まえて、映画『パラサイト 半地下の家族』を改めて解釈します。①水石、②計画、③においを、「漂流/構築」で整理し、その上で映画終盤で行ったキム家の長男ギウの立てた計画を「絶対に失敗しない計画」として確認します。

漂流/構築

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 映画『パラサイト 半地下の家族』のキーワードとして「水石」と「計画」を設定しました。この2つの観点を整理し直すために、「漂流/構築」という対比を用いることにします。

 『パラサイト』では水石をきっかけにしてキム家の長男ギウが計画を立てる。水石のように価値の重みを持つためには、計画を立てて行動する。しかし水石は水に浮かび、見せかけのものでしかないことが判明します。

 根無し草のように社会の流れに漂流する半地下生活に、キャリアを構築していくことは流されないように重みを与えることです。ただし、『パラサイト』の場合では富裕層への寄生なのですが。

 水石が水に浮かぶことは、計画を立てること自体の無力さを暗示します。構築的であったはずの計画もまた社会における漂流を打ち止める力を持たなかったのです。そこに拍車を掛けるのが「におい」でした。においは属する階層を示唆します。

 資本主義社会が「高所得層の高所得化」と「低所得層の低所得化」の二極化に直面している。そこでは中間がなく、高いか低いかの位置しかない。地上で生活するものは地上のままに、半地下に暮らすものは半地下のままに押さえつけられる。その位置に押し留める要因──そのひとつが、におい

 

失敗しない計画

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 『パラサイト 半地下の家族』の冒頭で、長男ギウは計画を立てれば地上生活者になれることを信じていました。そのことを象徴的に支えるものが水石だったのです。ところが半地下に暮らしている限り、計画を立てることもまた構築的に働かず、漂流的にしかならないことが明らかになる。つまり、半地下の位置で立てる計画は失敗が約束されているのです。不条理な社会の仕組みによって。

 父ギテクは言います。絶対に失敗しない計画は「計画を立てないこと」である。──結果、パラサイト計画もまた失敗します。キム家は元の根無し草の生活よりもひどい状況に陥ってしまう。ところが、長男ギウはその失敗の後にもまた「計画を立てる」のです。

 映画の最後に長男ギウが立てた計画とは何でしょうか。これは何らかの形で父ギテクの「絶対に失敗しない計画法」(=無計画法)が踏まえられたものであると見るべきです。

 これまでギウは成功するために計画を立ててきました。しかし失敗してしまう。そして父ギテクからは失敗しない計画を教わってから、また、ギウは計画を立てる。そこにギテクの「絶対に失敗しない」というアイデアが踏まえられているとすれば、無計画を説くギテクに抗する形で計画を立てるギウの立てた計画は次のように整理できるでしょう。──「絶対に失敗しない無計画」ではなく「絶対に失敗しない計画」と。

 改めて、ギウの立てた絶対に失敗しない計画とは何でしょうか。それはすなわち、絶対に叶わない計画を立てることです。成功することが目的でないのなら失敗もありません。成功することが目的でないのなら、「失敗しないこと」もまた約束されている。つまり、絶対に失敗しない。この計画にお墨付きを与えるのが「におい」なのです

 

まとめ

映画『パラサイト 半地下の家族』は娯楽的でありながら、鑑賞者を冷静にいさせてくれない魅力を持っています。物語は悲劇的でありながらも喜劇的で、娯楽的でありながら芸術的でもある。見るものを慰撫しながらも批判しさえする。当記事はそんな象徴的な映画を見て“魅せられてしまった”観客の応答であり、「象徴解釈ゲーム」の一例です。当記事によってより一層作品を楽しめれば幸いです。

_了

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