【天井桟敷の人々】世界最高の恋愛映画を解説したり讃えたり

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こんにちは。今回は映画『天井桟敷の人々』に関する記事を書くことになりました。マルセル・カルネ監督と詩人ジャック・プレヴェールの2人が組んだ、フランス映画史のみならず全世界的な意味で何かとトップ・オブ・映画の名声を欲しいままにしていると言っても過言ではない名作です。ジャンルは恋愛。そんな映画の魅力をすっかり恋愛脳になりつつあるザムザ(@dragmagic123 )がご紹介します。

この記事で取りあげている画
 

【天井桟敷の人々】世界最高の恋愛映画を解説したり讃えたり

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天井桟敷の人々

©︎1946 Pathé Cinema

天井桟敷の人々』という映画があります。マルセル・カルネ監督と、詩人としても知られる脚本家ジャック・プレヴェールがタッグを組んで製作されたもので、第二次世界大戦中にナチスドイツの占領下となったフランスにおいて製作に2年を費やされた二部構成の大作です。
1945年3月9日に上映されてから(最初こそ批評家のウケはよろしくなかったようですが)フランスの国民的映画として熱狂と共に迎えられました。恋に、愛に、芸術に──といったのです、フランスという国を象徴する名作にまでなったのです。
映画評論家ロベール・シャザル(Robert Chazal)は著書『マルセル・カルネ』において、『天井桟敷の人々』をこう定義しています。「生まれながらにして古典たりうる可能性を持っていた永遠の新作」。……ど、どういうことだってばよ、ですよね(笑) とにもかくにもヤバい映画だってことは伝わってきます。
以降の半世紀の間にも様々な金字塔を打ち立ています。ちょっと並べてみると壮観なので、以下に並べてみましょう。

受賞歴

1946年:ヴェネツィア国際映画祭特別賞
1952年:キネマ旬報ベストテン第3位
1979年:セザール賞特別名誉賞
1979年:フランス映画史上ベストワン
1980年:「外国映画史上ベストテン(キネマ旬報戦後復刊800号記念)」(キネ旬発表)第1位
1988年:「大アンケートによる洋画ベスト150」(文藝春秋発表)第1位
1989年:「外国映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)」(キネ旬発表)第3位
1995年:「オールタイムベストテン・世界映画編」(キネ旬発表)第5位
1999年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編(キネ旬創刊80周年記念)」(キネ旬発表)第11位
2002年:「映画批評家が選ぶベストテン」第27位
2002年:「映画監督が選ぶベストテン」第31位
2008年:「史上最高の映画100本」(仏『カイエ・デュ・シネマ』誌発表)第9位
2009年:「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編(キネ旬創刊90周年記念)」(キネ旬発表)第10位
2010年:「エッセンシャル100」(トロント国際映画祭発表)第60位
2012年:「映画批評家が選ぶベストテン」第73位
ね? 『天井桟敷の人々』がどれだけすごいかがわかるでしょ?
内輪のアンケートではなく、全世界的な、全映画史的な評価としての「オールタイム」という枠の中で平然とトップ10にランクインしてきますから、大したものです。
上に挙げたのは著名なコンテストに日本国内規模の選抜を足したものですから、調べればもっと付け加わることでしょう。粗探ししてボロが出てくるのではなくて、トロフィーがぽろっと出てきそうな映画ってすごいですよね(笑)
 

4K 修復版

さて、そんな戴冠されてばっかしな『天井桟敷の人々』ですが、2010年にフランスで4K化されちゃっています。「4K 修復版」として生まれ変わったものは本国で2011年に公開されたのです。
「4K 修復版」というのはざっくり言うと「音声と映像がより美しくなる」ってことです。
古い映画というのは現在劇場で封切られる映画と比べると、音声や映像の質が劣って見えます。それを修復するために映画フィルムをデジタル化する際の解像度が「4000ピクセル=4キロ=4K」というわけで、4Kなのですね。
4K解像度によって修復をおこなうことによって、かつて劇場用映画として使われることが多かった35mmフィルムの規格に合った映像として修復することができるわけです。
そしてそして、本年、2020年10月23日には、フランスでの公開から9年遅れる形で「4K 修復版」が日本でも公開されることになりました。
 

世界最高の恋愛映画

©︎1946 Pathé Cinema

「4K 修復版」が上映されるとなればそれなりにメディアで取りあげられます。実際、検索してみると特設サイトも作られているのが見つかります。
そうなってくると、「どのようなキャッチコピーが並んでいるのか?」と考えるのが人情でしょう。別の言葉でいえば、こうです。「どんな言葉で『天井桟敷の人々』の魅力が語られているのか?
というのも、筆者(@dragmagic123 ) 自身がそうしたキャッチコピーによって鑑賞を決めたという事情もあるからです。
目につくのが「映画史に輝く詩的リアリズムの傑作!」(※)であり、それから美輪明宏による以下のコメントです。
詩人プレヴェールによる数々の名台詞が
人間の弱さや愚かさ、愛の真実を見事に表現します
何があっても観ておくべき!
世界最高の恋愛映画 ────美輪明宏
日本人なら誰もが知っている、歌手・俳優・演出家その他マルチに活躍している美輪明宏その人が「何があっても観ておくべき!」、と、わざわざエクスクラメーションマークまで付けて魅力を語っているとなると、よっぽどの映画に間違いありません。
ちなみに、わたし自身は美輪明宏を「愛の伝道師」として尊敬しているので、その点から『天井桟敷の人々』が「世界最高の恋愛映画」と語られていることには看過できない求心力があったのでした。
 

※詩的リアリズムとは何か

詩的リアリズム」とは、映画史家ジョルジュ・サドゥールが名付けたとされる、映画史上に現れた一時代を指す言葉で、広い意味では1930年から1945年までのフランス映画の流れを総評するもの。
サドゥールは『世界映画史』のなかでその時代が持つ雰囲気を次のように語っています。
才気のあふれた詩的な台詞、陰影のある詩的な映像、ペシミスティックな運命のドラマを謳い上げる詩的な抒情、場末の、あるいは裏街の、暗い詩情……
(丸尾定訳,みすず書房)
また、詩的リアリズムは「カルネ/プレヴェール時代」として括られることもあるので、「シネマとポエジーは同じものだ」と考えたジャック・プレヴェールとそれを的確に映像化したマルセル・カルネの映画群を挙げることで定義することもできるでしょう。
なお、「詩的リアリズム réalisme poétique」の用語はサドゥールがはじめに思いついたのではなく、言語学者で作家で文芸評論家でもあったジャン・ポーランが作家のマルセル・エーメ作品を評するために使用したものだと、映画人ジャン・ミトリの『映画史 Histoire du cinéma』で報告されている。
 

あらすじ

©︎1946 Pathé Cinema

【第一部[犯罪大通り]】
1840年代、劇場が立ち並ぶパリの《犯罪大通り》。パントマイム師のバチストは、女芸人ガランスを偶然助けたことから、彼女に恋心を抱く。若き俳優フレデリックや、犯罪詩人ラスネールも彼女に惹かれていたが、ガランスは誰のものにもならない。そこに、ガランスに魅せられたもう1人の男・富豪のモントレー伯爵が現れ…。
 
【第二部[白い男]】
数年後。座長の娘ナタリーとの間に一児をもうけたバチストは、フュナンビュル座の看板俳優として舞台に立つ日々を送っていた。そんなバチストを毎夜お忍びで観に来る一人の女性が。それは、伯爵と一緒になったガラスだった。ガランスが訪れていることを聞いたバチストは、たまらず舞台を抜け出すが…。
 
 

登場人物

  • ガランス:絶世の美女であり、落ち目の女芸人でもある。バチストに誘われ、無言劇団「フュナンビュール座」へ加わる。芸術家に夢を見せる美神であり、男たちを惑わせる美女として、「真理+女=悪女(ファム・ファタール)」を司る。(アルレッティ
  • バチスト:月夜にバケツに落っこちた役立たず。ガランスという「月」と出会うことによって、パントマイム(無言劇)芸人としての才能を開花させていき、芸人としても芸術家としても成功を収めるが、肝心の「月」だけは手に入らない。(ジャン=ルイ・バロー) 
  • フレデリック:女たらしの俳優でガランスにも手を出す。無言劇団「フュナンビュール座」に入団するものの、「自分の声を聞きたい」彼は有言劇団に移籍する。バチスト同様に人気を博するものの、大衆迎合的な芸風に偏っている。(ピエール・ブラッスール
  • ラスネール:表では代筆業を営みながら、裏では強盗・殺人を繰り返す男。ガランスに惹かれている。彼もまた戯曲を書いているものの、劇場での上演はされていない。しかし現実上で一世一代の上演を企てる。(マルセル・エラン
  • モントレー伯爵:無言劇団「フュナンビュール座」の公演でガランスに心奪われた富豪。社会的地位も高く、警察さえ動かす権力もある。プライドが高く、それを傷つけるものには容赦なく決闘を申し込む。(ルイ・サルー
  • ナタリー::無言劇団「フュナンビュール座」の女優で座長の娘。バチストを愛していて夫婦にもなる。夫の心を奪い続けるガランスに嫉妬の感情を抱く。愛する人の「月」にはなれない不憫な女性。(マリア・ガザレス

 

関連記事紹介

ここでは『天井桟敷の人々』に関連する記事を紹介します。ひとつは【恋愛編】と題した、「恋愛映画」という側面に目を向けたものです。もうひとつは【美神編】と題して、特に登場人物のガランスにスポットライトを当て、彼女を取り巻く男たちと共に解説をしたものとなっています。

恋愛編

「世界最高の恋愛映画」と言われる『天井桟敷の人々』のことを語るとなれば、もちろんテーマは「恋愛」に設定したいところ。そういうわけで「恋愛編」と題して以下の記事を書きました。

美輪明宏による「恋は自分本位で相手を独占しようとしますが、愛は相手のことを想いながら相手を自由にするもの」というイメージを引き継ぐ形で、「恋愛映画が一般的に考えられている「うまくいくか・いかないか」ではなく、「恋になるか・愛になるか」の間で、観客が “ハラハラドキドキするもの” として考えられるのではないか」といった視点を語っています。

また、第一部から第二部にかけての人間模様がどのように変化したのかを、先に挙げた「恋になるか・愛になるか」あるいはその揺れ動きとして、バチストとフレデリックの関係やガランスとモントレー伯爵との関係を観察しています。

それから『天井桟敷の人々』の人間模様を図に表すことで、第一部から第二部にかけての変化をイメージしやすくすることを試み、ガランスが求められることの効果ナタリーが選ばれない理由モントレー伯爵の豹変ラスネールにとっての希望──などの解説を通して、『天井桟敷の人々』が持つ恋愛映画としての奥行きを紹介したものとなっています。

 

美神編

「世界最高の恋愛映画」と言われる『天井桟敷の人々』のことを語るとなれば、もちろんテーマは「恋愛」……はすでに書いてあるので、そこから先は恋愛する人々が恋愛することを通して何と出会っているのかに着眼し、芸術的なインスピレーションの源泉として「美の女神」を見出すつもりで「美神編」と題した以下の記事を書きました。

まず、「井戸の中の真理」であるガランスに注目し、「恋する者は盲目となる」と言われるように、彼女に言い寄る男たちが真理の前で盲目と化している姿から「真理を見るためには盲目になる必要がある」ことを発見し、そこからガランスが男たちに愛欲を掻き立てる存在であり、その魅力によって男たちに「真の世界を生きる可能性」や「自分の運命を愛する可能性」をもたらすことを示唆している様子を紹介しています。

バケツの中の愚者」であるバチストもまたガランスに恋をしますが、彼の場合は彼女への恋を通して自分が手を伸ばすべき月を見出すのです。その月こそがガランスであり、それまでパントマイム師として火がついていなかった彼はガランスという月を得ることによって自身の表現活動を活性化させることができました。ここから、創作意欲と恋愛感情との親和性を見つけることができます

それから美の女神であるガランスが求めることではなく求められることによって、彼女自身が求める自由を手に入れていることや、そんな姿勢で生きるガランスに惹かれた犯罪詩人ラスネールが、己れの宿命として犯罪に手を染めながらも、それでも劇作をやめずにいて、その宿命を受け入れるようにして最後の殺人を己れの戯曲として現実世界で上演したことを解説しています。

 

まとめ

人が美しさに打たれるとき、そこにはどこか懐かしさが伴っている。恋もまた同様で、人が誰かに恋をするときには相手を美しいものだとまなざすだけでなく、そこには懐かしいものが見つけられているのではないでしょうか。『天井桟敷の人々』を見ると、恋をする誰もが相手を理想化しながら、昔追いかけた夢を思い出すような気配を見せているのです。「世界最高の恋愛映画」と語られるだけの極上の切なさは、きっと、鑑賞者の胸に忘れられていた夢を求める気持ちを呼び覚ましてくれるからでしょう。今回はそんな美しく・懐かしい恋愛映画を取りあげました。まだ見ていない方はぜひ、『天井桟敷の人々』以降の人生を取り戻すためにも。…なんつって。
_了

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