錯覚しながら上達する言語学習法:『世界一簡単なフランス語の本』

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この記事で取り上げている本――

中条省平『世界一簡単なフランス語の本 すぐに読める、読めれば話せる、話せば解る! 』,幻冬舎,2018

この記事に書いてあること――

  •  フランス語も簡単じゃない
  • 『世界一簡単なフランス語の本』はフランス語学習者を錯覚させる
  • 身についたような気がする、だからこそ、続けられる
  • 何かを学習するときに錯覚できなかったから挫折してしまう
  • 大切なのは「綴りと発音」ではなく「綴りと発音の関係」
  • 「頭でわかっている」より「体でわかっている」が大事
  • 外国語学習は「頭を使う」よりも「体を動かす」ことが重要

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『世界一簡単なフランス語の本』への期待

フランス語は英語よりも拡張高そうで、発音も音楽のようでいてオシャレな感じがあります

 

けれども、フランス語は難しい……

 

実際に「難しいっ!」という声も、大学生が第二外国語としてフランス語を学ぶ現場で挙げられていることでしょう

筆者の身近でも挑んで挫折したひとを何人も見かけています

じつは筆者もその口なのですが……

 

たとえば今回 取り上げる本のタイトルを見てもフランス語学習の事情が透けて見えます

 

タイトルには「世界一簡単なフランス語の本」とありますが、裏を返せば、たいていのフランス語(を学習するため)の本は〝簡単ではない〟と暗に語ってくれているようではありませんか

 

たいていのフランス語の本が簡単ではないということの理由は、本の著者が学習者にフランス語を〝わかってもらうため〟に必要な知識を丹念に書いているから、と言えるでしょう

なので、フランス語(を学習するため)の本は簡単ではないという問題は、フランス語がフランス語であることと、そのようなフランス語を漏れのないように教えようという書き手の情熱によるものだと考えられます

 

フランス語が他の外国語より難しいのかというと、必ずしもそうとは言えないのでしょうが、「フランス語は難しい」というイメージは世間一般に共有されているのではないでしょうか

だからこそ本書はそうした世間一般のイメージを借りて、〝世界一簡単な〟というタイトルを冠しているのだろうと見当を付けることができます

 

さて、以上から筆者が『世界一簡単なフランス語の本 すぐに読める、読めれば話せる、話せば解る! 』(以降『『世界一簡単なフランス語の本』』)に期待するところも浮かびあがってきました

 

ようするに、難しいと言われるフランス語に入門するのに、この本はどれだけ〝世界一簡単〟であってくれるのか、です

『世界一簡単なフランス語の本』の内容

『世界一簡単なフランス語の本』はまず、フランスへの、そしてフランス語へと憧れる伝統もしくは文化からはじまります

どの国にも国名の前に〝お〟を付けて呼びはしないのに、フランスだけは「おフランス」がありえること、さらには日本の文化人たちのフランスへの憧れを確認します

ここまでが冒頭の2ページです

 

それからフランス語を大学で教える際のカリキュラムに触れ、大学の語学の授業でフランス語が身につかない理由を述べます

フランス語が〝身につかない〟大学での授業に対して、著者は、身についたかどうか以前の〝身についたような気がする〟という、一種の錯覚の経験を学習者にしてもらおうと企てるのです 

 

この本の基本線は、新書1冊を読む程度の適度な集中と持続によって、フランス語の大体が頭に入ることです。もちろん、いろいろと憶えてもらいたいことはありますが、大がかりな暗記を強制するようなことはしません(いや、しないようにしたいと思います)。
[…省略…]
そんな散歩と寄り道とあと戻りみたいなことをくり返しているうちに、フランス語の大体が頭に入ったと楽しく錯覚でき、フランス語に親しみが湧いている。フランス語を恐れる気持ちが消えている。本書がめざすのは、そんな気分です。どうか気楽に読んで、おフランスの言葉とお近づきになってください。

中条省平『世界一簡単なフランス語の本 すぐに読める、読めれば話せる、話せば解る! 』,幻冬舎,2018,p14-15

 

なるほど、錯覚することは大切かもしれません

 

言われてみれば、(外国語ばかりではないですが)わたしたちが何かを学習するときに挫折してしまう多くの場合には、わかった気がするという錯覚さえ持てなかったからではなかったでしょうか

 

錯覚させてやろうと意気込む本書は次のような目次構成をしています

 

  • 第1章 フランス語は、読めれば、できる―綴りと発音の関係
  • 第2章 男性・女性、危険な関係―名詞、冠詞、形容詞、数の表現
  • 第3章 セシボン、ケスクセ、コマンタレブー―フランス語の文章に触れる
  • 第4章 動詞の90%をマスターする―動詞の活用、否定、命令など
  • 第5章 ジュテームの手ほどき―人称代名詞について
  • 第6章 カフェオレとサントワマミー―前置詞、所有形容詞など
  • 第7章 きょうママンが死んだ―動詞の過去と未来

 

ざっと見てみると、まずは読ませることからはじめて、語、文、動詞の活用、代名詞、前置詞や所有形容詞、そして時制の話題へと締めくくる構成になっています

『世界一簡単なフランス語の本』の理解

綴りと発音の関係

『世界一簡単なフランス語の本』のエッセンスは第1章に書かれている文章で表されています

 フランス語の初級文法の教科書を開くと、まずアルファベットの一覧表があります。知らない読み方がずらっと並んで、早くもイヤになってしまうのですが、じつはアルファベットの読み方を知らなくてもフランス語はできます。わざわざ1個1個の文字の読み方を話題にすることはめったにないからです。ですから、本書ではアルファベットはあとに回すことにします。
 これにたいして、たいていの教科書でアルファベットのあとに出てくるフランス語の単語の、綴りと発音の関係はきわめて重要です。まあ、ページにして2~3ページ。多くても3~4ページです。
 ここに、フランス語をものにできる最大の鍵があります。
[…省略…]
 フランス語の綴りと発音の関係をきちんと憶えること。これさえできれば、フランス語はものになるといっても過言ではありません。

中条省平『世界一簡単なフランス語の本 すぐに読める、読めれば話せる、話せば解る! 』,幻冬舎,2018,p18-19

 著者はフランス語の綴りと発音が大事だと言っているのではないのです

そうではなく、綴りと発音の関係こそが大事なのだと言うのです

 

それらがどう違うというのでしょうか?

 

著者はまた綴りと発音の関係を次のようにも評します

「フランス語がものになったという美しい錯覚を得るためには、こここそが、肝心かなめのところなのです」

 

ようするに、こういうことです

綴りと発音は単純に暗記物にしかならないけど、綴りと発音の関係は実際にフランス語を〝話すこと〟のためになる

 

ただの暗記物になるのか、それとも実用的な知識になるのかは、〝フランス語がものになったという錯覚を得るため〟の本書のコンセプトにとっては重要な違いです

挫折しないための錯覚

「わかったかもしれない!」という錯覚は、自分が実際に〝使えているかどうか〟によって起こります

そのためには文章を書き写すよりも、文章を読むことのほうが、〈読めなかった自分〉が〈読めている自分〉になれているという実感が得られるので、上達している感覚、つまりは錯覚することができるのです

 

文章をただ書き写すだけだと見たままを書き写すだけですので、〝自分がフランス語をわかっているかどうか〟についての能力の上達にはあまり関わってきません

しかし文章を読み上げることは、目で見たものを口から出す音へと変換する作業になるので、その分、能動的になり、少なくとも自分には文字から音声を再生できる能力があると感じることができるのです

 

以上のことを踏まえると、綴りと発音の関係にこだわって、まずは読めることが大切なのだと語る姿勢は、 『世界一簡単なフランス語の本』が挫折しないために錯覚するための方法を語る本だと納得させてくれます

 

そして、それは少なくとも難しいことではないのです

『世界一簡単なフランス語の本』からの発展

敷居をまたぐために、美しい錯覚を

何事も新しいことをはじめるときには敷居があります

慣れないことをするときには、いつもとは違う思考や行動を求められることなり、いつもの自分にとって思い通りとはいきません

 

入門書は、そのような敷居をビギナーである読者にまたいでもらおうという狙いがあります

 

『世界一簡単なフランス語の本』はフランス語への敷居をまたがせる入門書です

そのために本書は、副題にあるように「すぐに読める、読めれば話せる、話せば解る!」ことによって読者に敷居をまたいでもらおうとします

著者は、それこそが「美しい錯覚を得るために」必要なのだと言うのです

体に覚えさせる

外国語を習得するために体に覚えさせる、という認識は重要です

 

具体的には、学習者が実際に口で読み上げ、自分で読み上げている音を耳で聞くことが大切なのです

ひとは自分の口で発音できる音だからこそ耳で聴きとれるようになります

言い換えれば、頭でわかっているかどうかではなく体で反応できるかどうか、なのです

発音することは音を分けること――分類することです

音を分類できるようになると、口が分類した音を耳のほうでも聴き取れるようになります

 

ようするに、言語を理解するのは頭ではなく体なのです

 

たとえば資格を持つひとに対して、ひとはそのひとの肩書に対して期待するのではなく、その肩書を持つことができた能力を信頼します

そうした能力は「頭でわかっている」というより、むしろ「体でわかっている」と言ったほうが的確です

 

スポーツで理想のフォームを頭でわかっていても、それを自分の体で再現することができなかったりします

あるいは、カラオケなどがわかりいいでしょう

カラオケで元歌の歌手の歌声を聴き込んでいるのにもかかわらず、いざ自分が同じように歌おうとしてみてもうまくいかない

そうした事情が語っているのは、「頭でわかっている」よりも「体でわかっている」ことのほうにこそ、〝わかっているかどうか〟の基準があるということです

 

外国語も同じです

 

文法の知識や語彙力が豊富だと言っても、めちゃくちゃな文法で少ない語彙でもいいからペラペラとしゃべれるひとのほうが〝実用的な言語能力を持っている〟と見られます

それゆえに、自分の体で外国語に対して体験的に取り組み続けられるどうかは、自分の外国語の能力をどれだけ頭で錯覚していられるのかに掛かってくると言っても、決して過言ではないのです

難しく考えるより、とりあえずやってみる

頭と体との関係から言えば、外国語学習を挫折してしまうひとは体でわかるよりも前に頭のほうで見限ってしまうのです

『世界一簡単なフランス語の本 』では、そうした見限りを阻止するためにも〝錯覚〟をキーワードにして書かれた本だったのでした

 

外国語を学ぶのになぜ錯覚が重要なのか?

 

それは要するに、外国語学習もまた「頭を使う」よりも「体を動かす」ことに重点を置いたほうがいいということなのです

〝身についたような気がする〟という錯覚は、とりあえずはできている発音によって、頭で考えるとじつはよくわかっていないようなところにも大げさにつまずかなくなります

 

以上のメッセージは、結局のところ、難しく考えるより、とりあえずやってみる――これに尽きるでしょう

 

それは難しいことでしょうか

世界一かどうかは別にして、たしかにそれは簡単なのです

_了

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