『交通誘導員ヨレヨレ日記』を読みながら交通誘導の仕事を振り返る

エッセイ
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こんにちは、ザムザ(@dragmagic123 )でいるものです。今回筆を執ったのは、交通誘導員について書こうと思ったから。それに関連する本を読んだから。著者は柏耕一、タイトルは『交通誘導員ヨレヨレ日記』。
 
この記事の企画が起こった大元には、わたくし【ザムザ】が交通誘導員の仕事に就いていた、という理由というか原因があります。自分の就業経験も踏まえ、73歳の交通誘導員がものした日記にどう触発されるのか。ちょっくら試してみようと思いまして、この記事を書いてみました。
この記事で取りあげている本
 

『交通誘導員ヨレヨレ日記』を読みながら交通誘導の仕事を振り返る

はじめに:底辺職業としての交通誘導員

もともとは出版・編集業の人であった柏耕一という人がどのような理由で交通誘導員の職に就いたのか。これは当記事の扱うところではありません。『交通誘導員ヨレヨレ日記』の本に当たってください。しかしながら、われわれは交通誘導員についての知識を少々押さえておきたい以上、くだんの書物の冒頭を引き写すことから始めることにします。
どこの街を歩いても目につく人がいる。工事現場に派手目の制服で交通誘導や歩行者の案内をする交通誘導警備員だ。この交通誘導警備員は全国でおよそ55万人強(2017年末)いる警備員の主流(40%)をなしている。(p3)
上に引いた文章がざっくりとした「交通誘導員のイメージ」と「この社会において君臨している位置」を指し示していると言っていいでしょう。「どこの街を歩いても目につく人がいる」あたりなんてのは、あーはいはい、ってなりません?
もーちょい詳しく述べると、交通誘導員は警備業法第二条の交通誘導警備業務で2号業務に当たります。施設警備員は1号業務、運搬護送は3号業務、身辺警護なら4号業務。んで、2号業務がもっとも人口が多く、2 – 1 – 3 – 4の順番で人口が少なくなっていくのだとか。
そして同時に、“底辺であるとみなされている仕事” でもあるんですね。
『交通誘導員ヨレヨレ日記』の中でもこんな一節が見つかります。
「だいたいいつまで警備の仕事をするつもり? この仕事をする限り先が見えないじゃない。それに70を過ぎてやる仕事ではないわ。みっともないじゃないの」
「みっともないかどうかはあんたが決める問題じゃないよ」
「あら、私はあなたの妻でしょ。ご近所の目もあるというものよ」(p122)
身内である妻と著者とのやりとりなんですが、交通誘導員ひいては警備員という仕事のイメージが極端な形ではあれ、示されています。
別の箇所では「大卒なのに警備の仕事なんかして……」、なんてふうに夫を詰ってもいるんです。こうした妻の発言は警備業に対するわたしたちのイメージを物語っていると言っていいのではないかしら。
たとえば、極端な例ではありますが、東京大学を出て交通誘導員をしていたら、変ですね。なんで変なのかというと、あまりに東大卒として世間から期待されているポジションから懸け離れているから。東大を出ていれば天辺に位置づく職業に就いて然るべきであるのに、底辺の位置にある職に就いているから。
先に挙げた細君の発言はそうした「底辺に位置づけられる警備業」のイメージを暗に物語っているのではないかしら。
 

わたしは交通誘導員で働くことにした

交通誘導員の職に就いたわたくしの話をしましょう。
警備の仕事はリクルートサイトを眺めているとズラーッと見つかります。金欠だった私が気になったのは、その祝金の額でした。額がいかほどであったのかは書きませんが、お金に困っている人なら「おや?」と思わずにはいられない金額だった、とだけ言っておきましょう。
とはいえカネだけで決めるほど私も若くないので、面接に踏み切るに至ったのは自分を打ちのめすため。誰にでもある “しがらみを抱えて悶々としている自分自身” をやっつけるため。そんな理由が挙げれます。(格好つけたことを言っていますが、身をやつす悦びがあることも賢い読者さまはご存知のことと思います。それです。)
……それと、漫画家の吾妻ひでおや小説家の高橋源一郎、社会学者の岸政彦などの人生の一時期に肉体労働をしていた時代があった、といったことが念頭にあったのでした。(むしろこれが大きいかもなぁ)
面接に行くと、ろくに資質について吟味されたわけでもなしに、あっさりと研修の日程に話が進みました。願書を出せば合格する専門学校みたいな感覚かも。(このことは一般化できはしないでしょう。折りしもオリンピックで有力な隊員が出払ってしまうことが多く、会社としては多少能力に難があっても人手が欲しい時期だったがゆえの「来るものを拒まず」だったのかもしれませんし。また、入社に厳しい審査がある警備会社もフツーにあると思います。)
そういうわけで千葉県某所にある研修所へと研修を受けに行きました。一度に十人ほど、だったかしら。三日間の研修では日々修了する人がいて、入所する人がいる。いつ入ってきても三日間それぞれに異なったカリキュラムを教えられるというシステムで、それが座学。座学以外の実際に現場でおこなう動作に関しては研修最後の1時間ほどで。
驚いたのは研修を受けに来ているその面々でした。
性別長幼も関係ないんですね。その幅が実に広い。この間まで高校のグランドで白球を追っていたような少年、オタクじみた雰囲気の青年、はたまた有村架純に似た女の子。かと思えば、歩くのさえ困難なびっこの老人がいる。免許センターに免許の更新に行ったときでもここまでの人種の幅があるのも稀ではないでしょうか。
 

精神労働・サービス業・忍耐業……の警備職

研修のときに教官から習ったことで興味深かったこと。
教室の前方に立った教官がこんなことを言いました。
「警備員は頭脳労働でもありません。かといって肉体労働でもない。警備員は精神労働なんです」
ふとした言い回しから予期せぬ思考を始めがちなわたくしは、「ほぅ……」と思いました。
たしかに、警備業は頭脳労働だとは思われない。これはいい。とはいえ肉体労働ではないというのは奇妙に聞こえなくもない。工事現場で肉体を駆使して働く作業員の側で、同じように手を振り声をあげて佇んでいる交通誘導員の姿は、「肉体労働者」と言われてもおかしくないのですから。
教官はしかし、警備員は精神労働である、と言う。──はて、その心は?
柏耕一は『交通誘導員ヨレヨレ日記』の中で、警備会社の研修だと「警備員はサービス業」と教わったことを告白しています。
何をもって「サービス」の定義とするのかは難しいが、警備業の場合、「安全と安心を提供する」ということに尽きるのではないか。(p152)
サービス業といえば、わかり良いところだと “クレーム対応” が挙げられるでしょう。じっさいに働いたことがなくても、どんなに不条理なことを言われても逆ギレしてはいけないという縛りの中で、クレーマーを宥めて事なきを得ねばならない業務を想像することはできるのではないでしょうか。そんな仕事をしていて心が擦り減る、なんてことも、きっと理解し、共感することができるはず。
柏耕一の、実感を踏まえての警備業の定義でも「ボクは警備業は忍耐業だと思ってる」(p118)なんてくだりが見つかります。
精神労働、サービス業、忍耐業。こう言葉を並べてみただけで警備業のイメージが多少なりとも具体的なものになりませんか?
 

交通誘導員はときにサンドバッグにもなる

じっさい、警備業は精神がすり減る仕事です。その精神労働っぷりを数え挙げるなら、まず交通誘導員が気にかけねばならない範囲の広さを指摘できるでしょう。
彼らは現場の作業員の安全を守らねばならない。さらには通行人や通行車両にも気を配らなければなりません。そのような板挟み的なシチュエーションの中で、もっとも大切な自分の命も守らなければならない。
他にも、交通誘導員は「サンドバッグ」のような立ち位置を被ることもあります。サンドバッグとは、イライラしてたときの八つ当たり相手になる、ということです。
たとえば工事のせいで通行人に道を迂回してもらわねければならない場合に、迂回しなければならなくなり苛立った通行人に怒鳴られるのは往々にして交通誘導となります。
工事の責任が一介警備員に過ぎない自分自身にあるわけではないのにもかかわらず、交通誘導員は通行人にその責任を追求されがちなのであって、そのうえ「文句も言わずに謝らねばならない」という厄介な立ち位置にいるのです。さらにこの通行人を宥めることに失敗すると、工事業者のほうにクレームが行き、クレームを言われた工事業者は警備会社に文句を言い、その日の現場に詰めていた交通誘導員に対して注意がくる。
ね? 精神労働してるでしょ?
そういえば研修のときに、警備会社に勤めるうえではマジメな人よりも、一見やる気のなさそうに見える人のほうが向いている、という話がありました。その心はというと、マジメな人ほど気を遣い過ぎてしまい、思い詰めてしまい、心が折れてしまうから。しかし言われたことのいちいちを真に受けないでいられる、ぱっと見は不まじめな人であれば、何を言われようとも適当にやり過ごせるので、変に気負わずにすむというわけです。
わたし自身も現場に立ってみて思い知ったのですが、交通誘導員というだけで親の仇を目の前にしているような顔つきを向けられることがありましたし、口汚く罵られることもありました。工事現場に暴言を吐いても構わないサンドバッグ一本突っ立っているとでも思ってんのかしら、なんて思いつつ、それらのわんぱくな通行人を見送ったものです。やれやれ。
 

交通誘導の仕事のおもしろかったところ

さて、ここまで書いてきたところでは交通誘導員のネガティブキャンペーンみたいになってしまいました。とはいえ、ただネガティブなだけではありません。わたし自身もそんな仕事は短期間であったとしてもゴメン被りたいですもの。
それでは、交通誘導員のポジティブな面とは何なのでしょう。ここではそれについて、実体験を基にした見地を書いてみることにします。
交通誘導の仕事でおもしろかったのは、現地集合現地解散の規則でした。仕事というものが、どこか学校然とした施設に赴いて就業時間いっぱいまで働くものだと思っていたので、これがなんとも新鮮な感じを受けたのです。
同じところに通わなくて済むことの旨みは、人間関係がギスギスしないこと。よっぽど性格に難があるのでない限り、同僚とは打ち解けられます。というのも、交通誘導の仕事では仲間との協力プレーが求められる場面が多いので、変にギスギスすれば仕事にも響いてしまうからです。ちなみに、嫌な同僚がいたら会社に「あいつとはもう同じ現場にしないでくれ」と言えば対応してくれます。この点もありがたい!)
しかもですよ? 現場が定時よりも早く終わりになれば警備員も必要なくなるので、帰りの時刻も早まったりすることもあるんです。学校が半ドンになった日や、大学で予定していた講義がとつぜんなくなった時の解放感を思い出してください。あんな感じです。言うなれば「時給が日給になる」なんてラッキーも起こりうるのですね。(たとえば休憩込みの9時間労働の日給1万円が、1時間で現場が終われば時給1万円……なんてラッキーもありえる。)
それと、ときおり所属している警備会社に足を運ぶ用事があるんですが、そのときの社内の雰囲気もユニークなんです。事務所になっているのは当然として、そこにいる社員がね、良くも悪くもイイ加減なんですわ。
あの雰囲気を表現するのにふさわしい言葉があるとすれば「ギルド」がいいかもしれない。漫画やアニメ、ゲームでもいいんですが、モンスターを討伐するハンターや冒険者ギルドってあるでしょ? あんな雰囲気。
一癖も二癖もあるような個性的な隊員が喫煙室でだべってたり、今は現役を退いた歴戦の交通誘導員が電話の応対をしていたりしてね。いやほんと、現場で工事業者の人たちとしゃべっていたりすると「〇〇さん元気? あの人は過酷な現場ほど輝いていたよなぁ」みたいな話が聞けるんですよね。そんな面々が一堂に会している事務所なんて、もうギルドでしかないでしょう(笑)
ただ、当日の現場の確認をするときにそのイイ加減なところが出ちゃうと困ったりします。わたしの経験で言えば、午前のうちに「ここに向かってください」と指示された場所に向かっている道中に再度確認の連絡を入れたところ、「すいません、こちらの手違いでその現場の人数は埋まっているんですわ」なんてことになったりもしました。(その日は補償金+交通費は出ましたが、勘弁してもらいたい。)
以上のことを交通誘導員の職を選ぶための判断材料にするには難しいかもしれませんが、わたしはそれなりに楽しめましたので、ご参考になれば。
 

おわりに:とはいえ、交通誘導の仕事はキツい……が、

そうは言っても、交通誘導の仕事はキツイです。長くやっている人は肌が真っ黒に焼けてしまい、メラニンの化身のようになります。肌表面があさ黒く焼けている様はエジプトでピラミッド建造にたずさわった奴隷もかくやの仕上がりと言っていいでしょう。
おそらくこの「黒々とした肌色になってしまうような仕事であること」が、一種の(差別や偏見の対象として使われる属性、及びにそれに伴うマイナスのイメージを喚起する印としての)スティグマとなっているために、交通誘導員は底辺職と見られるのかもしれません。
しかし、そうした日焼けするのが嫌だ!という人にも、昼間ではなく夜間の仕事をする選択肢もあったりして、この記事でも書いたように、女性が自身の美容を保ったままに交通誘導の仕事をしているケースもあります。
他人から見て、どうして交通誘導員なんてやっているんだ?と思えるのが一般でしょうが、にもかかわらず、交通誘導員であることを選んでいる人たちもいるんですね。
もちろん、単純にお金になるからという理由もあるでしょうが、現場を知っていると、お金だけならもっといい仕事があるだろうに、と思える隊員もいるので不思議です。きっと、本人たちでさえ知らずに享受している楽しみがあるんでしょうね。
以上のことから、『交通誘導員ヨレヨレ日記』から読み取れてしまう「交通誘導員という職業のひどさ」も、一概に真に受けることはできないのかもしれません。現に、 “にもかかわらず” そこで働くことを選択している人々がいるのですから。この記事を書いているわたし自身のような、やむに止まれず致し方なしに嫌々で働くことにした “わけではない” 人間もいるので。
この記事でさえ、交通誘導員の仕事をちょっと面白そうだな、と感じてもらえるようにしてあるのですが、いかがでしょう?

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