【橋本治、縁(えにし)を語る】作家のテーマは「重い義務」:イシス

文の紹介
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 ご機嫌よう、ザムザ(@dragmagic123 )です。
 今回は漫画家・山岸凉子の作品集『イシス』……の解説文を取りあげます。
 解説を書いているのは惜しくも本年2019年に逝去なされた作家・橋本治
 活動ジャンルの広さで知られている作家ですが、この『イシス』の解説ひとつ取ってもその魅力がうかがえます。
 単に山岸凉子の話にとどまらず、「作家という生き物」全般にまつわる話を読ませてくれる素晴らしい解説文。
 今回はそんな橋本治の文、「縁(えにし)」をご紹介します。
この記事で取りあげている文
橋本治「縁(えにし)」山岸凉子『イシス』,潮出版社,2003
 
 
この記事に書いてあること
  • 作家にとってのテーマは「好き」ではなく「義務」である。「好き」という感情から「趣味の延長」で作品を作る作家もいるが、「好き」と「義務」とが似つかないように、「好き」をテーマにすることにはどこか矛盾している。
  • 作家が自身の「義務」と格闘した結果が作品である。読者が楽しむことになるのは作家が格闘した「謎」だ。作家にとっても「謎」であったものが、読者にとっても「謎」として現れる。そのとき作品は、読者に「自分にはなにが必要なのだろうか」と考えさせることになる。
  • 良い作品は作家が格闘してきた「義務」すなわち「謎」に読者を巻き込んでしまうものになる。いわば作品が「感染力の高い謎」として結晶したとき、「おもしろく」なる。作家に課されている重い義務としてのテーマは「作家の縁(えにし)」なのである。

 

【橋本治、縁(えにし)を語る】作家のテーマは「重い義務」:イシス

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『イシス』について

 この記事は漫画作品集『イシス』の巻末に収録された作家・橋本治の解説文を紹介することが目的です。ですが本題に入る前に『イシス』の作者である山岸凉子、および『イシス』がどういった作品集なのか、それから解説を書く橋本治その人について押さえておくことにします。

作者・山岸凉子について

 検索すれば「萩尾望都・大島弓子・竹宮惠子らと共に24年組」と見つかるように、少女漫画家の代表格として名を連ねる優れた漫画家。女性らしい色気のある優美な線が美しい画風と、フェミニンな感受性を切り取るセンスが怖いほどに読者を魅了する。長編ではロマン、短編では奇想の物語が印象的な作家です。

 山岸凉子の魅力について語るのに、わたしが初めて「山岸凉子」の名前を意識したときのエピソードをご紹介します。学生時代。わたしは「サブカルチャーの文学」という講義を取っていたのですが、そのときの先生が、あるとき、次のことを言いました。

もし、わたしが無人島にいくことになって、何か娯楽作品をひとつだけ持っていけるとしたら山岸凉子の『日出処の天子』を挙げますね

 それを聞いたわたしは、たくさんの本を読んでいるはずの文学者がそれほどまでに入れあげる漫画がどういったものなのだろう、という塩梅で興味を持ったのです。(言うまでもなく、その後に近場のブックオフを巡って『日出処の天子』の全巻セットを手に入れる運びとなったのでした。)

 

収録作品について

 今回取りあげる『イシス』は中・短編集となっています。おもに古代エジプトを舞台にした作品集です。収録されているのは4作品で、。表題作の「イシス」と「ハトシェプストⅠ」「ハトシェプストⅡ」の3作が古代エジプトを舞台にした王朝物語であり、ファラオ(王)になることを賭けた権力争いのなかの愛憎劇。

「イシス」の次の位置に置かれているのが「雨の訪問者」。こちらは他の3作品とは異質で現代日本が舞台です。

 どの作品も奇想的であり、「女性であることの痛み」や「生と死をめぐる幻想」を描いた不思議な物語となっています。

 

解説・橋本治について

 改めましてこの記事は『イシス』を紹介することが目的なのではなく、『イシス』の巻末にある作家・橋本治の解説文を紹介することが目的です。

 かるく橋本治に触れておきましょう。橋本治は1948年から2019年に活動した人類です。イラストレーター・小説家・戯曲家・随筆家で、ひっくるめれば「作家」。デビュー作『桃尻娘』が知られています。

 文学者・中条省平をして「すごい作家」と言わしめ、中条は『桃尻娘』はよくできた心理小説であり、『暗野』はホラー小説を純文学の領域に高めた作品だ、と自身の文芸講座で話してもいます。

 橋本治の『イシス』解説文のタイトルになっている「縁(えにし)」は、『イシス』に収録されている作品に通底しているものを考察したことに由来しています。『イシス』には古代エジプトを舞台にした物語集かと思えば、「雨の訪問者」という現代日本を舞台にした作品もあり、一見して作品集としてのテーマに統一が取れていません。しかし橋本治は『イシス』にもちゃんとひとつのテーマがあることをつかまえて見せるのです。

 

橋本治による『イシス』の解説「縁(えにし)」の紹介

 ここからは橋本治による『イシス』の解説文「縁(えにし)」の内容を確認します。この記事では橋本による『イシス』そのものへの言及は取りあげず、『イシス』 ” のような ” 作品や、そのような作品を描く「作家という生き物」のことに関する記述を取りあげています

作家のテーマは「好き」ではなく重い「義務」である

 作家・橋本治は解説で、山岸凉子の新たな作品が出るたびに、「山岸さんはこの作品でなにをやろうとしているのか」と思う、と書きはじめます。というのも、多くの作家が「似ているが違う、違ってはいるが似ている」作品を作るなかで、漫画家・山岸凉子の描く作品は作品世界をガラッと変えてしまうことが多々あるからです。(たとえば『アラベスク』と『妖精王』はだいぶ違っている、と橋本は言います。)

 作品世界が変える作家側の理由に、橋本治はつまらないほうの理由として「こういうものも好きだから」という理由を挙げます。作家にとって「好き」が作品のテーマになればたしかに楽です。「趣味の延長」と言われるのもこうした点に認められるでしょう。

 しかしテーマは本来、作家にとっては避け難く目の前に横たわる「義務」でもあります。橋本治は「生きるためには、このテーマをクリアーしなければならない」ほどの重い義務が作家にはあって、「好き」と「義務」とが似つかないように、「好き」をテーマにすることにはどこか矛盾があるものなのだと言うのです。

 言い換えれば、「好き」だけで作ると作品から深みがなくってしまう。なぜならそれだと、作家が重く背負っているテーマとは相反したものと向かい合っていることになるのですから。

 作品にするという作業は、「嫌い」を取り込むことでもある。作家にとっての「嫌い」は、読者にとっては、「考えてみる必要のあること」である。だから我々は、時として、「一体、この作家はこの作品でなにをやろうとしているのか?」と考えてしまう。(p247)

 

おもしろい作品は作家自身が格闘した「謎」の実現である

 すぐれた作品は、人を考えさせます。みずからが背負った「義務」であるテーマを開花させたものこそが作品となっている。とあらば読者が楽しむことになるのは作家が格闘した「謎」でもあります。作家にとっても「謎」であったものが、読者にとっても「謎」として現れる。

 橋本治の言葉で言えば「この作家はなにを克服しようとしていて、なにが、読者であるこちらには必要なのだろうか?」と考えさせられる経験。━━このような「謎」の伝染が起こることが、その作品が決して単純明快ではない重層性を示すことになるのです。

 まとめます。

 作家に生きるためには克服しなければならないテーマを背負っている。そのテーマと格闘した結果が作品なので合って、それは単純に自分が好きなものである「趣味」とは違うのです。むしろ自分が自分である限り課される課題、負わされる義務に類するものだとイメージすべきなのです。橋本治はつまらないほうの理由に「こういうものも好きだから」という理由を挙げましたが、おそらく、おもしろいほうの理由に挙げるのは「わたしの義務がそうさせるから」とでもなるでしょう。作家のテーマが正直に表れた作品は読者を考えさせる。そのとき作品は、読者に「読者である自分にはなにが必要なのだろうか」と考えさせる「謎」として実現しているのです。

 

まとめ:テーマは作家の縁(えにし)である

 

 今回は山岸凉子の作品集『イシス』の巻末に収録された、橋本治の「縁(えにし)」という解説文をご紹介しました。橋本治は作家にとってのテーマを「作家には生きるために格闘し、克服しなければならない重い義務がある」のだと説き、それが「好き」という感情をベースにした「趣味」とは違うものなのだと語ります。

 良い作品は、作家が格闘してきた「義務」すなわち「謎」に読者を巻き込んでしまうものなのです。いわば作品が「感染力の高い謎」として結晶したとき、作家にとって(そして読者に取っても)「おもしろく」なる。作家に課される重い義務であるテーマは、橋本治の文のタイトルに引っ掛けて言えば、「テーマとは作家の縁(えにし)なのだ」とも言えるでしょう。

_了

関連資料

山岸凉子『イシス』,潮出版社,2003

 

山岸凉子『日出処の天子』,1980-1984

 

山岸凉子『アラベスク』,1971-1973

 

山岸凉子『妖精王』,1977-1978

 

橋本治『桃尻娘』,ポプラ社,2010

 

橋本治『暗野(ブラック・フィールド) 』,河出書房新社,1990

 

中条省平『小説家になる!』,メタローグ,1995

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