画の紹介

【映画解説】『僕が跳びはねる理由』にみる感覚と表現の話|+自閉症

映画『僕が跳びはねる理由』は自閉症の当事者が生きる世界に寄り添う感覚追体験的な作品です。今回はそこから自閉症者の感覚に想いを馳せつつ、健常者とも無関係ではない「感覚を表現する」ことの問題と魅力を調べていきます。
本の紹介

古本屋でたくさん本を買っちゃう人の購入本とお迎え理由【2021年GW版】

ブックオフのGWセールで古本を45冊ほど買ってきました。この記事は購入した本を紹介したり古本をたくさん買う人がどんな基準で「読みたい・買いたい本」を選んでいるのかが読めるでしょう。これが読書好きなだけじゃない物質としての本が好きな人の姿だ!
絵本

今日の気分で人生全体を評価しないために/救済案としての「Day」概念

「Day」の概念が不思議でした。この記事では、その言葉の意味合いを考えた後に西原理恵子の『いけちゃんとぼく』を経由することで、Dayの概念に一般的な意味以上の意味を引き出し、「うつ対策」にもなる「Day」概念の奥行きを取りあげます。
啓発書

センス・オブ・ワンダーから始まる思考のために/賭け金としての自我

「自我」は得てして執着の元にもなりがち…。その批判の一つにレイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」のアイデアがあります。この記事では感覚由来の「驚く能力」を手掛かりに(しがみつくのではなく手放したい)自我の存在意義を検討します。
漫画

後腐れのない大人の関係/ではない子供の関係|+働かないふたり

大人の関係ってありますよね? いろんな意味がある言葉です。では「子供の関係」って何なんでしょう? この記事では吉田覚の漫画『働かないふたり』を手掛かりにしながら、「大人/子供」のコントラストを検討しつつ「子供の関係」が何かを探っていきます。
運営者とブログの事情

【介護回想】糞尿のにおいと死にゆく人間が生きるリアル【幻想破壊】

「現実・リアル」を感じるのはどんな時ですか? この記事で注目するのは老人介護に伴う「糞便のにおい」に〈現実〉を感じた筆者の介護ルポであり、普段の人間生活が幻想であることに思いを馳せ、死にゆく者が直面する「幻想破壊」を取りあげます。
運営者とブログの事情

【失礼考察】他人を尊敬せず関係性の場を無視する自分勝手さ?

コミュニケーションの中で働いている礼節があり、時として不可視で暗黙のそれに抵触すると「失礼だな」と思う。この記事では〈失礼〉という印象から出発し、何が失礼で何が失礼ではないのかの基準が何なのかを考えあぐねる。残念ながらまとまってはいない。
運営者とブログの事情

【葬儀雑感】ウェットなケガレを乾かす般若心経|色即是空/湿即是乾

葬儀に参加して考えたことを徒然なるままに。思い出しているのは民俗学の「ハレ・ケ・ケガレ」や、般若心経がもたらす遺族・会葬者に対する効果で、それに加えて、東西の風土に由来する起源神話と目的意識との転倒を「ウェット/ドライ」でデッサンしてます。
啓発書

目の見えない人だからこそ見えているもの|+オイディプス神話解釈

大切なものは目には見えない。それなら、目の見えない人は大切なものしか見えていないってこと? この記事では「視覚障碍者は器が大きい」と語るアナウンサーと「真理を見るには目が見えてはならない」と説く哲学者を取りあげて、〈目〉について楽しみます。
詩集

イバラのような悩みは17歳のポケットにふりそそぎ【山田かまち評】

表現することに追われた、天才として生きた人間はどのような生き方・考え方をするのか? この記事では早世の芸術家・山田かまちの絵と詩文を収録した『悩みはイバラのようにふりそそぐ』『17歳のポケット』から、才能に追われた芸術家の姿勢を引揚げます。
座の紹介

【夫婦の矛盾】「結婚の脱構築」の迂闊なノート【単独者は苦悩する】

結婚の哲学って何じゃいな? 哲学者・藤田尚志がオンラインで公開した特別講義「結婚の脱構築 〜ヘーゲル、キェルケゴール、マルクス〜」は結婚の脱構築を試みます。この記事では講義ノート風に固定観念から脱けだすための夫婦の矛盾を迂闊にご紹介。
漫画

【鬼滅の刃23巻を読む】幸せになる可能性を選び続けるこの世界で

『鬼滅の刃』の最終巻が発売されました。この記事ではその本の紹介…ではなくて、「意志・感謝・幸福」のテーマを取りあげる形で、自分の不幸を嘆いて死にたい人にとっての救いとなるようなメッセージ性を取りあげます。
小説

【豆塚エリ/小説】「何もできないこと」も評価すべき能力ならば

障害者だけでなく健常者にしても「役に立つのか」「何ができるのか」で人が評価されがちです。とはいえ「何もできないこと」も一概に人格否定をする理由にはできない…という観点を、豆塚エリの小説『いつだって溺れるのは』から取りあげてみます。
小説

【豆塚エリ/小説】役に立つかで障害者をみる思想|+相模原事件

豆塚エリが2016年どの「太宰治賞」の最終候補に挙がった際の小説『いつだって溺れるのは』の中から、「障害者も健常者と同じように生きるべき」という「ひとの役に立つかどうか」の価値観を取りあげ、これを相模原事件の植松聖被告の思想と比較します。
タイトルとURLをコピーしました